【イベントレポート】英国パブで凝縮されたエネルギー、パブ・ロックの魅力とは?

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8月17日(日)、7月31日に発行された書籍『パブ・ロックのすべて』の出版記念トーク・ショーが、BIBLIOPHILIC&bookunion新宿にて行われた。熱心なファンが集う中、監修の小尾隆が登場、川田寿夫(ディスクユニオン営業担当)の司会進行でイベントは行われた。

◆小尾隆 画像

──小尾さんにいくつかパブ・ロック関連の質問を準備してきました。それに答えていただいてから、後半は『パブ・ロックのすべて』に関連したアーティストのレコードを聞きながらお話を聞いていきたいと思います。まず、小尾さんとパブ・ロックとの最初の出会いって何でした?

小尾:レコードでいうとブリンズレー・シュウォーツの『シルバー・ピストル』(1972年)を中古レコード店で見つけて買った時かな。2曲収録曲が少ないアメリカ盤だったんですけど、夢中になって聴きました。ザ・バンドや、ほのかなルーツ・ミュージックの匂いもするしいっぺんで好きになりました。その後はグレアム・パーカー、イアン・デューリー、エルヴィス・コステロと、どんどん深みにハマって行きましたね。

──ライブに関してはいかがですか?ニック・ロウの初来日の時、私は初めて小尾さんとお会いしたかと。

小尾:懐かしいですね。

──1985年、当時ニック・ロウのレコードは英国のデーモンというところが発売していて、日本での扱いはMSIがやってました。それで来日した時にMSI本社の中で記念パーティがあったんですよね。

小尾:かれこれ30年近く前ですね(笑)。もちろんその時のこともあるんですけど、当時はニック・ロウがどんどん尖ったシングルを出していた頃で、やっぱりレコードを通しての出会いが大きかった。アルバム『ジーザス・オブ・クール』(1978年)であるとか、セカンドの『レイバー・オブ・ラスト』(1979年)辺りから入っていきました。

──なるほど。では、続いてデイヴ・エドモンズ。

小尾:初来日の1985年、渋谷のLIVE INNですね。

──私も観たのですが、一緒に行った連中のお目当てはギタリストのジェームズ・バートンでした(笑)。

小尾:実は、あの時はパート1、パート2と演る予定が、パート1の公演がとんじゃったんですよ。で、私が買ってたのがそのパート1のチケットで、2の方は何かの都合で観れなかったのですね、で、払い戻ししちゃったんです。今でも、それは人生の汚点です(笑)。

──ライブ、最高でした(笑)

小尾:後から聞いたんですが、ロックン・ロールの中にも、一曲アコーディオンを弾くザディコ風な曲も混ぜていたらしいですね。

──エルヴィス・コステロはいかがですか? 私は超大物になる前、1985年の中野サンプラザ公演を観たのが最初でした。終演後楽屋でも“英国紳士”という印象で。汗だくのライブをやった後なのに、控え室にはピシっとスーツを着て現れるという。

小尾:コステロについては、衝撃のデビュー作『マイ・エイム・イズ・トゥルー』(1977年)に尽きますね。初めて観たのは、ジェイムズ・バートンとかも来た、アルバムで言うと『キング・オブ・アメリカ』(1986年)の頃。初来日時は、トラックの荷台に機材を積んで、学生服姿のコステロたちが銀座の大通りで演奏し捕まったという有名な事件がありましたね(笑)。

──あれは衝撃でした。では、最後にDr.フィールグッドについて。

小尾:僕はDr.フィールグッドというよりは、ウィルコ・ジョンソンに思い入れがありまして、日本にはしょっちゅう来てたので何度も観ているんですが、一番印象に残っているのは1993年頃ロンドンのパブで観たライブ。スゴく生々しくて、ウィルコが演奏する目の前辺りでビールをガンガン飲んで観たんです(笑)。楽屋にも来いよって誘われました。メンバーはノーマン・ワットロイ(B)に、サルバトーレ・ラムンド(Dr)で、それは衝撃的なライブでした。アンコールの時、カッティングするウィルコの右腕が痙攣しちゃって、楽屋でノーマンが大丈夫か?って心配してました。

──パブでのライブはどういう構成なんですか?

小尾:だいたい基本的には休憩を挟んで一部・二部ですけど、とにかく始まる時間が遅いんです。前座が長くて、ウィルコの時もスティーヴ・フッカーが前座で、本編のウィルコが始まったのは9時半頃かな。でも、そういう文化なんでしょうね。本編は1時間を2回。2時間くらいは最低演りますね。

──では質問の最後ですが、最近小尾さんが紹介していらした、今は亡き英国のレコード店ROCK ONについて伺いたいのですが。

小尾:カムデン・タウンというロンドンの北の、東京でいうと下北沢とかのイメージの若者の町。この駅を下りるとすぐに店があって中古盤を中心に扱ってました。僕が行ったのは1990年の冬。このお店のCDが出てまして、それがチャートでヒットした曲ではなくて、このお店でよく売れたレコードや、かかった曲を集めたコンピレーション盤なんです。あ、さっきの来日ミュージシャンですが、ぼくが一番感動したのは、1987年に初来日したイアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズですね。アンコールでは忌野清志郎も出てきました。あれは本当に今でも鮮やかに覚えているほどの体験でした」

ここから『パブ・ロックのすべて』のエッセンスを味わう後半がスタート。アナログ盤をプレイヤーに載せ、小尾自身が針を落とすDJ形式でトーク・イベントは進められた。

小尾:やっぱりブリンズレー・シュウォーツをかけなければ始まらないと思うので、まずはイアン・ゴムの曲で「フックト・オン・ラヴ」を聞いてください。

♪Brinsley Schwarz「Hooked On Love」

小尾:今回この『パブ・ロックのすべて』を出させていただいたのですが、なかなか地味なジャンルなので、企画を通す作戦を考えたり、タイミングを計ったりしてました(笑)。なんとか実現に至ったので大変嬉しいのです。13年前に「パブ・ロック革命」という中島英述さんが翻訳された、ウィル・バーチの書籍がありますが、それを除けば国内向けのパブ・ロック専門書籍としては初めてのものになります。熱心なファンの方が読んでいただいても、ビギナーの方でもパブ・ロックに興味をお持ちの方でも楽しんでいただけると思います。では、次は川田さんのコステロの話を伺ったので、アルバム未収録で『ゲット・ハッピー』の時のセッションからソウル・シンガーのベティ・エヴァレットの「ゲッティング・マイティ・クラウデッド」を早急なヴァージョンで演っていて、これがなかなかいいので聞いてみましょう。

♪Elvis Costello&The Attractions「Getting Mighty Crowded」

小尾:“パブ・ロックってなんですか?”という質問をよく受けるんですけど、僕の定義では、「英国で、なかなかメイン・ストリームに乗れない、レコード会社の契約も上手く行かないミュージシャンたちが1970年代半ばにたまたまパブというシーンで自分の好きな曲を演奏していたもの」としています。音楽的にはリズム&ブルーズ、ソウル、カントリー、あるいはアイリッシュ・ミュージックまでといったごった煮です。ピーター・バラカンさんもおっしゃってたんですが、1970年代当時流行っていたグラム・ロックやプログレッシブ・ロックには付いていけない、ザ・バーズの『ロデオの恋人』(1968年)辺りが好きで、どんどん深みにハマっていった人たちにとって、演奏する場が狭いパブぐらいしかなかったんですね。そういうシーンがたまたま「タイム・アウト」というロンドンの情報誌に取り上げられて、そこでパブ・ロックという名前で紹介された。

──英国から発祥したパブ・ロックですが、今やオーストラリアとかスウェーデンとかにまで広まっていて。

小尾:ビリー・ブレムナーが、スウェーデンの地元バンド、ザ・リフレッシュメンツとかと一緒に活躍してますね。そういう地味なシーンだけど、メイン・ストリームには乗らない分守られるものがあるらしいですね。

──意外とスウェーデンは面白いですね。最近私が気に入って仕入れて売っているものに、先ほどのイアン・ゴムが自分の楽曲のプロモーション用に録音した音源を、自分でCD化した物があるんです。これがスウェーデン盤なんです。ですから今、その辺りがアツいのかもしれませんね。

小尾:じゃ、そのイアン・ゴムのファースト・アルバム『サマー・ホリディ』から「ザッツ・ザ・ウェイ・ロックン・ロール」。

♪Ian Gomm「That's The Way I Rock'N Roll」

小尾:次は一度もCD化されていないレコードをご紹介します。ジョン・スペンサーズ・ロウツという、後にDr.フィールグッドの三代目のギタリストになるジョニー・Gが1970年代半ばに在籍していたグループで、ベガーズ・バンケットというレーベルから1枚『ザ・ラストLP』というのを出してます。その中から有名なローリング・ストーンズのジャガー=リチャーズの曲「ノー・エクスペクティションズ」を。実に枯れた感じでいいですよ。

♪John Spencer's Louts「No Expectations」

小尾:次は知る人ぞ知るダニー・アドラーなんですけど。この人はアメリカで芽が出なくて英国に渡ってパブ・シーンでコツコツ音楽を続けてました。白人ファンクというのかな、ちょっとぎこちないところがジェイムズ・ブラウンとはまた違っていて。では聞いてください「ソリッド・センダー」

♪Danny Adler「Solid Sender」

小尾:ニューオリンズ・ファンクのバンド、ミーターズがチャーリーから出したコンピレーションのアルバムのライナーを、このダニー・アドラーが書いているのを発見したんですよ。ああ、こういう人なんだって納得しました(笑)。では続いて、やっぱりエッグス・オーヴァー・イージーの話をしておきますね。彼らも西海岸で芽が出なくて英国に渡ってパブで演奏活動を続けて、ブリンズレー・シュウォーツなんかと仲良くなって、そこから英国のパブ・シーンには大きな影響を与える重要バンドになっていったんです。

──アメリカ人は知らなくても、英国や日本のパブ・ロック・ファンの間ではよく知られているバンドですね。オースティン・ディ・ロンという人がリーダー的な存在で、彼は今でも現役でライブを続けてます。私が、海外勤務をしていた2000年代にミルバレーにあったスィート・ウォーターというライブハウスでライブを観ました。

小尾:彼らが英国パブでの修行を経てアメリカに戻って、リンク・レイのプロデュースで制作したアルバム『グッドン・チープ』(1972年)から「ヘンリー・モーガン」を聞いてください。

♪Eggs Over Easy「Henry Morgan」

小尾:今日は最初にグレアム・パーカーの「ホールド・バック・ザ・ナイト」から始まったので、もう一曲グレアム・パーカー&ザ・ルーモアでロックン・ロールをかけましょう。超有名な曲で、ジェリー・リーバーとマイク・ストーラーのコンビが作ってウィルバート・ハリスンやリトル・リチャードがレコーディングした「カンサス・シティ」。全盛期のルーモアをバックにした、ブートレッグでも有名だった熱演です。

♪Graham Parker&The Rumour「Kansas City」

小尾:やっぱりこういう熱演をパブの至近距離で観るというのが、僕なりのパブ・ロックの定義ですね。で、最後にはニック・ロウをかけたいと思います。「クルーエル・トゥ・ビー・カインド」。本日はありがとうございました。

♪Nick Lowe「Cruel To Be Kind」

『パブ・ロックのすべて』
小尾 隆 監修
A5判/208頁/本体価格1,800円+税
ISBN:978-4-401-64033-1
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