【連載】Large House Satisfactionコラム番外編『新・大岡越前』最終章「最終回特大版・一件落着」

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大岡越前守忠相は焦っていた。


こんな収集のつかないことになるとは思わなかった。

いつもちょっと考えたら解決策みたいなのがすぐ見つかったのに、今回に限ってはまったく真っ白である。


(いつもこのへんでお白砂とかの場面なのにな…)


一体誰をどう動かして自分は何をすればいいのか、まったくわからない忠相であった。


「とにかく、ウチダさんをとめなければならんっ」


結局は自分が動かなきゃどうしようもないんだな、と思った忠相は、陣笠に火事羽織という捕物姿に着替え、数十名の捕り方を引き連れ、奉行所を飛び出した。



※※




同心・ぐっさんと、易者・西開眼を惨殺したウチダさんは残る一人、按摩師のロクさんの住まいへと向かっていた。

無論、拷問にかけるつもりである。


「よっしゃー!あと一人だー!」


目を血走らせながら走るウチダさんはもはや、当初の目的、つまり盗人を引っ捕らえるということを忘れているようである。


「これでハットトリックだー!」


もはやぐっさんを殺したことも忘れているようだった。




※※※




薄暗いあばら家で男三人が酒を舐めている。

按摩師・ロクさんの住まい、もとい凶盗・二代目なま乾きのヤマちゃん一味の盗人宿である。


「お頭、泥鰌屋の娘との祝言はいつになりそうなんで?」


一味の一人、地獄谷の河次郎が言った。

ヤマちゃんは渋い顔を作り、酒を一口呑んだ。


「もう頃合いのはずなんだがな…。なぁに、急くんじゃねえ。いざとなったらいつもの畜生働きよ」


「それはいいんですがね。まぁしかしお頭最後のお盗めで、血をみることになっちまいますが…」


「変な気を回すんじゃねえ、河次郎」


どうやらなま乾きのヤマちゃん、この泥鰌屋押し入りで盗賊から足を洗うようだった。


「ま、あっしは分け前さえきちんともらえりゃあ、言うことはありませんよ」


そう言ったのは馬込の浜蔵という、これも一味の者であった。


「そりゃ俺も同じだがね、まあお頭には散々お世話になったし、最後ぐれえは気持ち良くお盗めをしていただきたいところでさ」


河次郎がいつもの軽薄極まりない顔で軽口を叩いた。


「おめえの言葉にゃ芯ってものがかけてらぁ。ぐはははは」


なま乾きのヤマちゃんが河次郎の軽口に大笑いしたとき、血相をかえてあばら家に飛び込んで来た者があった。


「お頭ぁ!た、大変だ、なんか化物みてえなのが…」


叫ぶやいなや、背後からぱんっと首をはねられ、土間に倒れ伏した。


なま乾き一味の一人、ノスケドンであった。


齢四十、儚い最後であった。



一同は一瞬呆気にとられていたが、そこは筋金入りの盗人たち、慌てて逆上することなく、すぐさま懐の匕首を抜いて身がまえた。

その三人の前に、赤銅色の塊がのっそりと現れた。




ウチダさんである。


ふんどし一丁、抜き身の大刀を引っさげ目を血走らせ、怒張した身体中から湯気をたてたその姿は、地獄の鬼ともつかぬ禍々しい姿であった。



「あれぇ?ひーふーみ。三人いる。誰が悪者だ?」


外見とは似つかぬ甲高い声で言いながら三人の立ちすくむ方へ大刀を向けた。


その瞬間、馬込の浜蔵がその刀の切っ先に飛び込むように身体ごと匕首をぶつけにいった。

その動きには侮りがたい鋭さがあり、さしものウチダさんもちょっとひるんだ、なんてことはなく、

「アッ。いきなりなにすんだよっ」

身体を一回転させ、体当たりをいなすと、そのまま勢いがつき過ぎてつんのめった浜蔵の腰あたりに刀を振りおろし、腰から真っ二つに切断した。


「ヤダッ」


浜蔵の最後の言葉であった。

浜蔵はスラックラインが趣味であり、最近結構本格的にハマりだしてちょっと大会でも出てみようかな?と思いだしていたところで、そのスラックラインで鍛えに鍛えた腰を一刀両断された悲しみから、このような言葉が最後に出たのである。
実にかわいそうである。



「あっ、浜蔵っ」


実は浜蔵、地獄谷の河次郎の無二の親友であった。



その親友を軽く惨殺され、いつもは冷静な河次郎は逆上し、

「ぶっ、ぶっ殺してやるっ」

そう叫ぶとアー。ヤッチャッタ、などとつぶやいているウチダさんに躍りかかった。

逆上してはいるがこの地獄谷の河次郎、こと匕首の扱いにかけては盗賊連中でも噂になるほどの男であり、誰より凶暴であった。


「オッ」


なめてかかったウチダさんもちょっと慌てて、なんてことはなく、斜め下から突き込んできた河次郎の匕首を半身を引いて軽々と避けると、


「あれ?河村くん?」


とつぶやいてグーパンした。

「いってー。あれ?ウチダさん?」

河次郎は殴られた頬をおさえながら言った。


「あれ?河村くん、なにしてんのこんなところで」

「いやちょっと盗人やってみよっかなーってちょっとやってみたんすよ」

「あ、そうなんだ。じゃ、お会計」



ウチダさんはそう言うと、擦り上げる太刀で河次郎の股から頭脳まで斬り割った。


「アッ」


河次郎の脳裏に、高校生のとき浜蔵と二人でラブホテルでバイトした時のことがよぎった。

これが河次郎の最後であった。



「よーし。記念すべきハットトリック達成しようかな!」


ウチダさんは刀に付着した血をふんどしで拭うと、顔をあげた。


しかし、すでにそこに人の気配はなかった。


「アッ、逃げられた。河村くんのせいだよ!」


そう叫ぶとウチダさんは獣のような素早さであばら家から駆け出して行った。





※※※※





「按摩師に姿をかえ、世を欺いてきたようだが、俺の眼は誤魔化せなかったようだな」


ウチダさんの恐ろしい襲撃から、隙をみて逃げてきたなま乾きのヤマちゃんであったが、

血相をかえ、目をかっぴらいて逃げる様を大岡越前守忠相率いる捕り方に見つかってしまった。



「ええい、どうとでもなれっ。このうえ大岡越前、てめえの命も、あの世へ道連れにしてやらあ!」


冷静をかいたヤマちゃんは忠相に飛びかかっていったが、そこは忠相、不用意に飛び込んできたのを一刀のもとに斬り伏せた。

「ウッ」

ヤマちゃんは左の胸から右腰下あたりまでざっくりと斬られると、一言呻いて倒れ伏し、こと切れた。


「あぶねー。とっさに斬れたけど、二度はできぬの。よかった」


さすがの忠相、落ち着いて刀を鞘に戻すと、振り向いて部下の捕り方たちを振り返った。そして、驚愕した。



「ウチダさん…」



捕り方連中の背後から来るのは暴走列車。


ウチダさんである。



「ねえー!!こっちにあの、悪いヤツ来なかった!?」


ウチダさんは捕り方をかき分けて忠相の前まで出てきた。


「あああ!!殺してる!!」


目前に転がってるのは、かつての按摩師・ロクさん、なま乾きの一味の首領、ヤマちゃんであった。


「奉行!!やっちゃったの!?」


ウチダさんは爆発しそうな顔で言った。


「ごめん。やっちゃった」

「ウソだろ」


震える声で叫ぶと、ウチダさんは忠相の襟を掴んだ。


「ウソだ!俺が!俺が斬るって決めてたんだ!」

「いや、まあいいじゃん、悪人は滅したわけだし…」

「ちがぁうの!!俺が、俺がああああああ」


叫びながらウチダさんは引っさげた大刀を大上段にかまえ、忠相を睨んだ。


「こ、このうえ、仇の奉行を斬らねば俺は、おさまらん」


忠相はえっ。ウソだろ?仇?と思った。

だってそうじゃん、俺は泥鰌屋を襲おうとした悪党を今、ちょっと乱暴だけど、いつもの俺のやりかたじゃないけど、裁いたわけで、それをなんで?今殺されそうになってるわけ?わかんない。俺、いつも名裁きしてきたよ。それなのに、おお。神よ仏よ。どうしてなの?俺、死ぬの?終わりなの?



忠相は無意識に腰の小太刀を抜き、震える両手で掴むと、ウチダさんに突進していった。



「アッ」


忠相は気づくと、目の前にが真っ赤になっていた。


「奉行ぉ…ばぁばい」


ずぅん、と地響きのような音がした。





※※※※※




「奉行!!」


部下の同心が駆け寄ってくる。



「奉行、ご無事で?」

「ああ…」


忠相は放心したように言った。

足下に赤黒い肉の塊が転がっている。


「これは…?」


控えていた同心、木崎ヨン太郎が落ち着いて答えた。


▲絵:小林賢司
「内田鹿之助の乱心、見事しずめられました。はからずも凶盗・なま乾きのヤマちゃんも、討ち取りなされました」


「そうか…」


大岡越前守忠相は、吐き気を堪えて、声高らかに叫んだ。




「これにて、一件落着!」







おわり

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