【連載】Large House Satisfactionコラム番外編『新・大岡越前』第八章「幼子のように」

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西開眼はボロボロの自宅で独り、酒を舐めていた。


泥鰌屋の娘の溺れた場所を占いで当てた、その謝礼で買った酒である。



「ああ、うめえなあ…」



往来を歩くときの西開眼は、支離滅裂な言葉を喚きながら闊歩する。

だが、自宅で独り酒を呑んでいるときなどは、まったく普通の喋り方しかしないのである。


薄っぺらい演技で薄っぺらい本当の自分を取り繕う、哀れな占い師・西開眼。



そんな彼の命は、もはや風前の灯火である。

何故なら、恐怖の肉弾戦車が彼の家に向かって爆走中だからである。



「いやー。最高。宵の口から呑む酒サイコー。人生ラクショー」


上機嫌の西開眼である。





※※



「ウチダさんはまだつかまらんのかっ」


忠相は珍しく語気を荒げている。


「なにせ足が疾すぎるので、全然追いつけないんですっ」


ぐっさんは必死に走りながらiPhoneに怒鳴りつけた。


「これ以上、ウチダさんを野放しにしてはおけん。ぐっさん。日頃テニスで鍛えた筋肉の見せどころだ。見つけ次第、斬り捨ててかまわんっ」


「いやいやいや。俺なんか敵うわけ…あっ、もしもし?奉行?もしもーし?おい!クソッ!きりやがった!」



ぐっさんは立ちどまって吐き捨てた。


「かまわんっ。じゃねえよ!」


悲痛な面持ちのまま、ぐっさんは西開眼の家に向かってまた走りだした。

どこからか魚を焼く匂いが漂った。






※※※



「どっぱん、どぱん。どっぱん、どぱん」


西開眼は上機嫌でバスドラムとスネアドラムのリズムを口できざみつつ、顎を前方、尻を後方へ、両の手のひらは天井に突き出しながらながら独り歌い踊っている。


「どっぱん。どぱん。どっぱん。どぱん。アアー。人生ー。ラクショッ。商売ー。ハンジョッ。ばはははははははははははははは」


たまに爆笑しながら酒を舐めつつ踊っていると、誰かが戸を叩く音がした。


「はいはーい、西でーす。こんな宵の口に何の用かの?」


すると、戸の向こうから小さな声がする。


「もし、こちらは易者様のいらっしゃるお宅でしょうか?泥鰌屋さんの噂を聞きつけて参りました者でございます。是非ともひとつ、占っていただきたく…」


丁寧な話し方から察するに、おそらくいい感じの謝礼をもらえそうな気がした西開眼は、


「はいはいはいはいはい。全然大丈夫っすよ。ちょっと待ってね」


ヘラヘラしながら戸にかけた心張り棒を外した。



その瞬間、



「おらあああああああああ!!!!」



大地を揺るがす雄叫びとともに、恐ろしい力で戸が引き裂かれるように開いた。



ウチダさんである。



西開眼は、雄叫びをきくやいなや勝手口に向かって脱兎のごとく駆け出していた。



「きさまぁ!このウチダさん~本所の狂った筋肉~から逃げられると思うなよー!」



ウチダさんは、目にも留まらぬ疾さで、丸太の如き両腕をフックを打つような感じで振るった。


すると、ブンッという音とともにソニックブームが発生し、逃げかけている西開眼の背中に直撃した。



「ぎゃんっ」


一声呻くと、西開眼はその場に倒れ伏した。



「さあー。貴様らのこれからしようとしている悪事、洗いざらい吐いてもらうぞー!」


西開眼、息も絶えだえである。


「な、なん、なんの…ことで、すか…?」


「とぼけんなー!!と、とぼけんなー!!」


またもやウチダさんは西開眼に向けてソニックブームを発生させた。


「ぃやんっ。ゃんっ」


ソニックブームが直撃するたびに、西開眼の身体がびたんびたんと土間の上で跳ね回る。


「やっ、やめっ、て」


「やめないよー!とぼけてるうちは、やめないよー!!」


「ほん、ほんとーに、な、なにがなんだか、わかんなくて…」


「まだシラをきるつもりなのー!?」


ウチダさんはゾロリと抜刀した。


「まあ、それならそれでいいよ。オレ、お前キライだし。それじゃ、斬り捨てます」


ウチダさんは胸元で小さく左手をふりながら、舌足らずの幼子のように可愛らしく「ばぁーばぁい」と言って、大刀を大上段にかまえた。


「いっひぃっ。お、お助け…」


「だめー」



ウチダさんは、大刀振りおろした。


しかし、ぎゃいおんっ。という音とともに振りおろした刃を受けとめる刃が突如としてあらわれた。



「よせ!なにをやってるんだ!」




ぐっさんである。



「オッ。ぐっさんじゃん。なにやってんの?」


「なにやってんの?じゃないですよ。なに斬ろうとしてんだよ」


「だって、こいつ盗っ人なんでしょ?斬らないと」


「いや違うよ。それはウチダさんの勘違い。このアル中はただのアル中だよ」


「ええ~?マジで?ちょっと信じられませんなぁ~」


そう言いながらウチダさんは大刀をグイグイ押してくる。


(クッ…。このままじゃ、もたねえ)


ぐっさんも必死で堪えている。

西開眼は腰が抜けたようで、その場にへたりこんでいた。



「ウチダさん!実は奉行から、あんたを見つけ次第、斬り捨てろと言われているんだよ。でもここであんたが素直に刀をおさめて奉行所に戻ってくれれば、俺からとりなして死罪はまぬがれるようにする。頼むから刀をおさめてくれ!」



「お~?そりゃどういうことなの?オレは盗っ人を見つけて裁いただけだよ?褒められこそすれ、罪にとわれるなんて、おかしいじゃ~ん!」


ウチダさんは激烈な力でなおもグイグイ押してくる。


常人ならすでに押し負けて斬り殺されているところだが、さすが日頃テニスで鍛えているだけあって、ぐっさんもなかなか耐えている。

しかし、もはや限界であった。


(だ、だめか…ええい、ままよ!)



ぐっさんは勢いよくウチダさんの股間を蹴りあげた。


が、その感触は通常の人間の股間のそれではなかった。

とんでもなく、そう、硬かったのである。

唖然とするぐっさんにウチダさんは、


「ぐっさんなにすんのー!ムカつくなあ。そうだ。ずっと前からぐっさんもキライだったんだよね。さよならしよ」


ウチダさんはすっと半身を引いた。

「うわっ」

突然、鍔迫り合いをやめられたものだから、ぐっさんは勢いよく前につんのめった。

しかしさすがテニスで鍛えている分、そこはぐっと堪え、慌てて身体を立て直すと、大刀を正眼に構え、



「かくなるうえは、斬る!」



と、叫んだ。

▲絵:小林賢司
叫んだあとに、ぱきんっ。と音がして、真ん中から二つに斬られた眼鏡が、地面に落ちた。



「ばぁーばぁい」



これが、この世でぐっさんが聞いた最後の言葉であった。




縦に真っ二つにされたぐっさんを見て、西開眼は座りションベンをした。


部屋中に尿と血の臭いが充満していった。



「ゆ、許してくだ」



ウチダさんは胸元で小さく左手をふりながら、舌足らずの幼子のように可愛らしく「ばぁーばぁい」と言って、大刀を西開眼の頭脳に振りおろした。






つづく

◆【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」チャンネル

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