「感動を“もらう”側から“つくる”側へ」NEXUSからの無料冊子を手に入れて音楽業界に飛び込もう

ポスト

■バックステージに立ってる人間も満足感が得られるんですよ。

池田正義氏 株式会社キューブ
鶴田武志氏 株式会社パワープレイミュージック
野村達矢氏 株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション

●音楽業界に入ったきっかけ

――ではまず、音楽業界に入ったいきさつから。

鶴田武志(以下、鶴田) 僕の場合は学生時代からコンサート関係のアルバイトをずっとやっていて、そのまんま入りましたね。最初はマネージメントよりも舞台を制作するほうに興味があって、たまたま福岡のイベンターから声がかかって就職し、4年ほどは一生懸命やっていたんですけど、イベンターという職業はあまり水に合わず。自分でアーティストを持って権利商売をしなければいけないんじゃないかと考え、単身東京に出てきてマネージメントを始めたという形ですね。

野村達矢(以下、野村) 明治大学に入学して、イベントを企画して学園祭でライブをやるプロデュース研究会っていうサークルに入ったんですよ。でも単純に好きなアーティストをブッキングするだけじゃなくて、自分じゃなきゃできない企画がやりたくて。大学3年のときにRCサクセションが好きだったからCHABOさんのソロライブができないかなと思って、事務所に企画書を手紙風にレポート用紙20枚くらい書いて持っていったんです。そしたら興味を示してくれて、じゃあやりましょうと。当日CHABOさんが学校に来たときに「きみが野村くんか。企画書読んだよ、ありがとうね」って握手を求められて、ステージ出たときに「イエー!今日は明治大学の野村くんのおかげでライブができます!」っていってくれて。そのときに初めて、バックステージに立ってる人間も満足感が得られるんだなってわかったんですよ。CHABOさんをステージ袖から見ながら、こういう仕事がしたいな、と思って大学に求人が来ていた渡辺プロダクションを受けたらとんとん拍子に進んだっていう。


▲池田正義氏
いきものがかり、wacci、ザ・マスミサイルらをプロデュース。
www.cubeinc.co.jp
「無から何かを作り出す喜びを味わえるのは、めちゃめちゃ楽しいです。」
池田正義(以下、)池田 自分は超平凡で何のストーリーもないんですけど(笑)、うちの父親が裁判所に勤めてたんですよ。うちテレビがなかったんですね。小学校5年くらいまで。ラジオしかない。ラジオか貸本屋で漫画読むっていうなかで育ったから、父親への反発でこの業界に入ったんだと思います。で、大学4年になって就職するときに、じゃあどこかなって考えて、やっぱりレコード会社か放送局がいいなと思ったんですよ。それでいくつか受けて最初に内定くれたのがキャニオンレコードで、普通に入りました。

鶴田 正直、僕はあまり音楽に興味もなくこの業界に入っちゃってるんですよ。そもそも鹿児島って民放も2局しかないし、ライブハウスもなくてホールで見るコンサートだけ、知ってるのはテレビに出るアーティストだけ。で、福岡のイベンターになったときに初めてライブハウスというものを知って、なんなんだこの世界は、と。それが22才とか。東京に出てきたときも、事務所もないからイベンターやってた当時の知り合いを訪ねていって「机ひとつ貸してもらえませんか?」ってところから始まってる。

●音楽業界の魅力

――この仕事をやってて良かったと思うのは、どんなときでしょう?

野村 目の前にお客さんがいるときですよね。ライブ会場でお客さんがわーってなる瞬間を目の前にしたときのカタルシス。単純に客電をポンと落とした瞬間にそうなるのはすごく気持ちいい。要は、1人の人が喜んでくれるだけでうれしいのに、人の塊が、あるタイミングで一斉にそうなるのはすごく気持ちいいですよ。だんだんその気持ち良さをおぼえてくると、その一歩向こうが見たい、そのアーティストが売れる瞬間を見たい、って踏み込んでいく。わーってなる瞬間を自分がプロデュースすることで仕込んでいって、フタを開けたときにものの見事にそうなってくれてる場面を見るときがすごくうれしいですね。この瞬間でうわーっていわせたい、ここでうわーっていわせたいっていうのがハマるのはすごい快感。目の前にお客さんがいてそれが見えるっていうのが一番楽しい。

―ライブ会場での生の快感に勝るものはない。

野村 CDでいい作品を作ったなっていうのももちろんあるけど、それを買った人が家で聴いてる姿までは見えないじゃないですか。即売とかでCDをうれしそうな顔してお金払って買っていってくれる顔を店頭で見るのも素晴らしいと思うけど、もっとダイレクトにわかるのがライブだから、それを僕らは見れるっていうのはすごいありがたいことだと思いますね。この仕事はつらいこともいっぱいあるし、時間は不規則だし、休みもない。だけど、そういうときは「ああ、やってて良かったなあ」と思いますね。

池田 一言でいうとお金じゃ買えないものを得られるってことですよね。野村さんがおっしゃったライブもそうですけど、僕はレコーディング現場が長かったんで、何もないところから完成させていく過程にずっと立ち会えるっていうのは最高だと思うんですよ。音楽業界はめちゃめちゃ楽しいと思ってるんです、僕は。無から何かを作り出す喜びを味わえる、3分半で人を感動させられる音源を作れるっていうのはすごいことだし、それをゼロからできるっていうのは何ものにもかえがたいですよね。


▲鶴田武志氏
UVERworld、AISA SunRise、THE Hitch Lowke、LAID BACK OCEANらをプロデュース。
powerplay.co.jp
「自分で演出したライブでお客さんが喜んでくれるのが一番うれしいです。」
鶴田 自分で見つけて育てたアーティストが段階を踏んで、少しずつ聴いてくれる人が増えていって、自分で演出したライブで喜んでくれるのが一番うれしいです。アーティストとストイックに喧嘩しながらものを作っていって、なんだかんだあったけどこれだけ入って良かったね、っていう最後の部分、お互い嫌いになりそうだったけど結果オーライか、みたいな。うちのアーティストはステージ上で「こんな豪華なセットなんか作ってもらわなくていい」とかいいますからね(笑)。しかもそれ本心なんですよ。めちゃくちゃいわれる。

――そんなに喧嘩するんですか?

鶴田 喧嘩というより、意見のいい合いはかなりちゃんとしますね。少なくとも3回は「事務所やめる」っていわれました。お互い真剣になると、それくらいにはなりますよ。

――今までで一番感動した瞬間はどんなときですか?

池田 僕は自分の担当しているアーティストが渋公(渋谷公会堂)やったときですね。僕らの世代はエッグマンから道を渡って渋公に行くっていうのがステータスだったんで、渋公のワンマンは本当にうれしかったです。レコード会社時代ですけど、ついにここまで来たか、って泣いちゃいましたね。

野村 一番最近でいえば、去年の某巨大フェスで3日間のうち2日間が自分の担当アーティストがヘッドライナーをとったんですよ。サカナクションとBUMP OF CHICKEN。金曜の夜と土曜の夜に約6万人もの人がメインステージに集まってる光景を2日連続で見たっていうのは、感動っていうより達成感がありましたね。結果としてこういうところまで行けたんだ、って。個別のアーティストではそれぞれありますけどね。

鶴田 初の東京ドームをやる前に大阪城ホールがあって、そこで東京ドームやります、って発表したときですね。そのときは一番感動しました。東京ドーム当日は記憶がないんで(笑)。終わって、気がついたら1人でラーメン食べてました。打ち上げにも出ず。完全燃焼しちゃって。

●音楽業界に欲しい人材

――これからどういう人材に来てほしいですか?

池田 うちの会社は音楽とか俳優とか舞台の制作とかいろんなことをやってるんで、結局は人の組み合わせだなと思うんですよ。「広く浅く」が得意な人と「深く狭く」が得意な人がいるじゃないですか。会社っていうのはその組み合わせだと思うから、極端なほうがいいと思うんです。「俺はこれしかわからないぜ」っていう人と、それを引いて見て「こうしたほうがいいんじゃない?」っていえる客観性も必要だから、自分は何が得意なのかっていうのを考えてみるのも大事だと思います。


▲野村達矢氏
BUMP OF CHICKEN、サカナクション、avengers in sci-fi、KANA-BOONなどをプロデュース。
www.hipland.co.jp
「好き嫌いの主観的な尺度と、良い悪いの客観的な尺度の両方が大事。」
野村 やっぱり好き嫌いがはっきりしてて自分の好みがわかってるのは大事だと思うし、それがある人たちはそこから問題意識も持てると思うんですよ。自分の好きな世界に染めていきたいから戦うわけじゃないですか。染めていきたいけど染められない障害がある、それを乗り越えるためにはどんな問題があるのかを明確にして解決する、そこからまた自分のやりたいことを突き進めていくって意識になると思うんですね。だから好き嫌いがはっきりしてて、問題意識を感じられて、それを解決できる人。あと、自分のオリジナリティも必要っていうか。クリエイティブな仕事って、人と同じことをやってたら抜け出られないわけだから、人のやらないことをやりながらも理解してもらうっていう。それは人のやらないことだけをやればいいって話では当然なくて、人のやらないことだけど世の中に認められるっていうところに目を向けなきゃいけない。となると今度は世の中のことをどれだけ知ってるかなんですよね。世の中にちゃんと目を向けていながらも自分の個性を持ってるっていうのはすごい大事。好き嫌いっていう主観的な尺度と、良い悪いっていう客観的な尺度を持ち合わせてるのが大事。感度のいいアンテナと感度のいいセンサー。それを自分のなかでコントロールしながら勉強していくしかない。うちの会社に必要なのはそういう人ですね。

鶴田 マネージメントって仕事はライブもレコーディングもプロモーションもすべてを理解してないとできないもんだし、何も知らずに入ってくる人はそこの壁にぶち当たると思うんですよね。ゼネラリストは全部を把握してないとできないから、10年15年は軽くかかる。だからそのなかのどれかに興味を持って、自分はライブ制作に興味があるならそこから入っていく、好きなものをひとつ決めて入っていくと、レコーディングってこういう世界なんだ、プロモーションってこういうことしていくんだ、ってところから人のつながりを探せるようになると思うんで。ここを中心にやっていきたいっていうのを作って、あとは周りでやってる人たちの背中をちゃんと見れてちゃんと真似ができるってところじゃないかなと思いますね。

池田 最近の若い世代は何に関しても「教えてくれ」っていうのが多いんですよ(笑)。

野村 僕らは教えてもらった記憶がない。自分で見ておぼえていった。確かに、教えてもらおうって姿勢だとこの仕事はたぶんうまくいかない。盗んでやろうって気持ちがないと。先輩たちがやってる仕事を観察して、こういうふうにやればいいんだ、ってやってける人じゃないと難しい。

鶴田 いまだにそうですもん。僕も野村さんがプロデュースしてるライブとか見に行っていつも「くやしいー」と思いながら帰る。そういうのがないと。僕らも背中を見せるからにはこっちにも魅力がないとダメですけどね。

池田 あとすぐにやめないで、最低でも3年やってみたらいいと思うんですけどね。3年続いたら5年やってみて、5年やれたら10年やってみる。根気はすごい大事だなって最近特に思います。ものづくりは根気、粘り強さ。

●音楽業界の展望

――これから音楽業界はどうなっていくでしょうか?

野村 ライブがなくなるってことはないから。音源の伝わり方は様変わりしていって、このあとどうなっていくかはわからないけど、ライブは絶対変わらない。お客さんを目の前にして音楽を奏でられるっていうのは絶対変わらない。そこの部分で僕らが提案したもの、企画したものに、お客さんが感動できるかどうかってところに向かってくと思うんで、そういうところに楽しみが感じられる人が増えるといいなと思いますね。そこに興味があってやりたいと思う人が集まってくればいいと思う。最近多いのはフェス流行りで、FUJI ROCK見て感動したんで自分もフェス企画しました、ってただブッキングのラインナップ書いてある。そんなのは誰でもできるんで、もっと元になる部分に携わって、もうちょっと深くを見てほしい。でもライブであることは間違いないですね。そこが原点。

池田 ものを作るっていうのは面白いですよ。何事にもかえられない面白みで、それが人を感動させられるっていうのはこの業界しかない魅力だと思うんで、音楽業界に入って本当に良かったと思ってます。

鶴田 目線として、裏方の人たちのことももっと見てもらって、「ああ、こんなことやってるんだ」「こういう仕掛けをするとこうなっていくんだ」っていうのがわかると、もっと夢が広がると思いますね。

野村 あとは国際化ですよね。今まで自分たちがやってきた仕事プラス、自分が担当してるアーティストや音楽が海外の人に聴かれたときにどう思われるんだろう、っていうところまで考えるようになってきてる。インターネットも含め、今はそういう変化がどんどん起こっているから、これから先も面白い可能性が広がる業界だと思います。


◆PDFダウンロードはこちらから。NEXT MUSIC BUSINESS 次世代音楽エンタテインメント業界への道
この記事をポスト

この記事の関連情報