【キース・カフーン不定期連載】日本の音楽ビジネスの“ガラパゴス化”
最近日本で頻繁に使われているビジネス用語のひとつに“ガラパゴス化”というフレーズがある。日本の音楽ビジネスでもこの“ガラパゴス化”が起こっている。日本特有の側面を数多く持つ日本の音楽ビジネスは、一般的に外国人(特にニューフェイス)の参入をブロックしている他、日本企業の海外での成功を妨げている。ここでいくつかの例を挙げてみよう。
1.従業員としてのアーティスト
アメリカとヨーロッパでは、ミュージシャンは音楽を提供することで周囲にインスピレーションを与えてくれるクリエイティブな人々として認識されている。彼らは才能に恵まれているが自身の活動のビジネス面には関心が低いため、その方面のプロを雇うことが多い。その一方、日本では“アーティスト”はあくまでもマネジメント会社の従業員という扱いで、音楽の才能よりもルックスが重視される傾向にある。マネジメントはアーティストが確実に人気を集めて利益を得られる様に、リスクを伴う冒険はせずに無難な(つまり予測可能で退屈な)活動をすることを奨励する。
2.革新をもたらすインディーズ
アメリカとヨーロッパでは新しい音楽はインディーズ・シーンから生まれるものだという概念が強く、エレクトロニカ、パンク、ディスコ、ヒップホップ、ヘヴィメタル、アンビエントといったジャンルは新しいレーベルやインディーズ・レーベルから誕生したといっても過言ではない。目新しく面白いものを求めているジャーナリストや熱心な音楽ファンは常にインディーズ・シーンに目を光らせている。ところが、日本では革新は敬遠される傾向にある。日本のメディアは、すでに取引のある大手レーベルが多額のプロモーション予算で展開するありきたりな音楽を求める。海外で多数の公演をこなして人気を集めているモノ、少年ナイフ、バッファロー・ドーター、にせんねんもんだいといった日本発のインディーズ・バンドは、国内の主要メディアからはほとんど注目されていない。その反面、才能のないキュートな女の子は有能なマネジメントさえついていれば簡単に日本のテレビ番組に出演することができる。優れたジャズ・ピアニストの上原ひろみでさえも、日本でブレイクしたのはアメリカで高く評価されてからだった。
3.いまだにCDが主流
アメリカとヨーロッパでは大半のCDショップが姿を消してしまった。かつては世界的にビジネスを展開していたタワーレコード、HMV、ヴァージンといった有名な大手チェーンは閉店、もしくは開業当初の規模までの縮小に追い込まれた(日本で成功しているタワーレコードはアメリカでは2006年に店舗廃業)。レコード店が一軒もないアメリカの都市は数多く存在する。その一方で、日本ではCDが音楽の全体的な売上げの80%を占める。これは、あらゆる“スペシャル”バージョンをリリースして利益を得ているアイドルなどCDの販売方法を継続したい人々、そしてライナーノーツやレコーディングの詳細を知りたい熱心なファンにとっては好ましいことだ。その一方で、CDショップに作品を置いてもらうのに四苦八苦している新人やカルトアーティストにとっては厳しい環境である。
4.iTunesは王様ではない
ビルボードによると、2011年のアメリカのiTunesの市場シェアは全体の38.23%だった。iTunesは売上げのデータを公表していないが、日本のiTunesの市場シェアがアメリカよりも格段に小さいことは一目瞭然だ。オリコン(日本のビルボード)のチャート情報にはiTunesの売上げは含まれていない。海外では、iTunesやその他のデジタルプラットフォームは効果的なディストリビューション法、そして著作権保有者に適切な著作権料が支払われることで歓迎されているが、日本ではCDの売上げに影響をおよぼす敵として見られている部分が多い。
5.ストリーミング
アメリカとヨーロッパではiTunesの絶頂期は過ぎ、今後はストリーミングが主流になると言われている。現在、このストリーミング市場を独占しているのはSpotify、続いてPandora、Rdio、Rhapsodyが競争相手として名を連ねている。また、どんな曲も無料で映像、歌詞、画像付きで聴くことのできるYouTubeがストリーミングのリーダーだという意見もある。自分の好きな音楽にいつでもアクセスできる現代では多くの若者が音楽を所有することの必要性を感じていないようだ。ところが、日本ではストリーミングは著作権保有者によって締め出しを食らっている。Napsterが主要カタログの獲得を妨害された話は有名だが、その他にも主要コンテンツの著作権保有者との交渉が難航中のSpotifyとRdioが日本でのサービス開始を延期している。
6.国際化
ビジネスに関わる多くの人々が、現代のビジネスが国際化していることを感じている。もはや情報に境界線はなく、私達はインターネットを通して世界のあらゆる所にアクセスすることができる。ハリウッドは新作映画の中国での成功を懸念するようになり、イギリスのバンドはアメリカ市場でブレイクすることに躍起になっている。音楽で大成功を収めるには、アーティストは複数の市場で人気を獲得する必要がある。アイスランド、フィンランド、スウェーデン、カナダ、ニュージーランド、アイルランド、韓国、オーストラリアといった小規模の市場でも世界的な音楽スターを生み出しているのに、なぜか日本は成功していない。事実、これまで日本の音楽は海外市場に進出する努力をしてこなかった。AKB48をはじめ、過去に松田聖子やおにゃん子クラブがわざわざアメリカで公演を行なった目的は海外でブレイクすることではなく、日本のメディア向けの写真撮影用だった。今後、きゃりーぱみゅぱみゅ、Perfume、布袋寅泰、ももいろクローバーZがこのトレンドを変えてくれることを期待したい。
7.入手困難な状況
アメリカに住んでいる筆者は邦楽ファンだ。ところが、例えばキャロルの「ファンキー・モンキー・ベイビー」、SMAPの「世界に一つだけの花」、ピンク・レディーの「UFO」(アメリカでリリースされている)、山下達郎の「クリスマス・イヴ」を買いたいと思っても、アメリカの数少ないCDショップには置いていない。iTunesでも配信されていないので、あるとしたらAmazonで輸入盤を$49(アメリカの新品のCDの5倍の値段)で購入しなければならない。よって、筆者の様な消費者は手に入れるのを諦める、もしくは違法サイトからダウンロードするしかないのだ。アメリカの音楽をはじめ、60年代のブリティッシュ・バンドや韓国のボーイズ・バンドなど世界119カ国の音楽は全てiTunesで見つけることができるのに、邦楽を探すのは至難の技なのである。
8.テレビ・映画・アニメは埋もれた宝の山
それ自体がひとつの芸術である映画は、作品を通して音楽を紹介する素晴らしい方法になり得る。メイド・イン・ジャパンで世界的に知られているテレビ番組は少ないが、多数の優れた邦画や世界最高峰のアニメ作品があるのは誰もが認めるところだろう。しかし、これらの作品を海外に住む人が購入することは難しく、ライセンス契約でリリースされたDVDやiTunes、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアでは人気だが他国ではあまり知られていない映像サイトのVizやCrunchyrollで配信されているものに限られている。邦画の中にはちゃんと字幕がついていなかったり、複雑な著作権問題が絡んでいる作品が多い。残念ながら日本発のテレビ、映画、アニメは海外でなかなか観ることができないのが現状だ。音楽と同様に、ファンは諦めるか違法サイトからのダウンロードに頼るしかないのである。
9.ジャパン・オンリー
日本の音楽業界はアイドルビジネスに力を注いできた。アイドルビジネスは多額の投資資金がかかるが、成功した場合の利益も大きい。また、音楽のクオリティーよりもマーケティング戦略の方が重要なのは一目瞭然だ。この日本独特の傾向は洋楽に対する興味の低下に影響を及ぼしている。日本の音楽ファンは以前に比べて洋楽を受け入れなくなっているのだろうか?もしくは、洋楽があまり宣伝されなくなっただけなのだろうか?コールドプレイやブリトニー・スピアーズといった大御所アーティストでさえも、日本での新作リリースのマーケティングの規模は日本のアイドルの比にもならない。近年の日本での洋楽の売上げは全体の約30%から15%以下にまで落ち込んでいるという。日本は世界で第二位に大きい音楽市場なのにも関わらず、邦楽は海外で非常に乏しい地盤しか築いていない。才能とクリエイティビティを持つ日本のミュージシャンは、ルックスしか取り柄のない優等生アイドルの影になって見過ごされてしまっているのである。現在進行中の“クールジャパン”キャンペーンはアイドルが主役の日本の音楽業界そのものだ。海外で注目されるべき邦楽はアイドル以外に存在しないのだろうか?日本のアイドルは海外でも人気を集めることができるのか、それともメディアと宣伝がコントロールされた日本という限られた環境でしか成功しないのだろうか?
10.レッツ・ダンス!
現在、世界的な音楽トレンドになっているのがエレクトロニック・ダンス・ミュージック(以下、EDM)だ。EDMに厳密な定義はなく、踊れる音楽なら何でも当てはまる。世界各地ではEDMフェスティバルが大人気で、ラスべガスのイベントは破格のギャラでデッドマウスなどの一流アーティストを招聘している。フォーブス誌によると、カルヴィン・ハリス、ティエスト、デヴィッド・ゲッタ、アヴィーチーといった人気DJの年収は2000万ドル以上(約20億円)だそうだ。その一方で、日本では風営法の縛りから深夜12時以降にクラブで踊ることが禁じられている。外国人はこの法律を理解するのに苦しむだろう。日本は摩訶不思議な警察国家なのか?ダンスを禁止する文化とは一体何なのか?ソチ冬季五輪の開催時には海外から訪れる同性愛者に対するロシアの姿勢が懸念されたが、2020年に日本で開催される夏季五輪ではダンスしたら逮捕されることを心配しなければならないのだろうか?
11.クールジャパン
多くの外国人が日本のポップカルチャーはクール(かっこいい)と感じていて、憧れているのは紛れもない事実だ。日本はこのまま閉ざされた王国でいることを望んでいるのだろうか?“クールジャパン”キャンペーンがこのまま目立った結果を出せない大手企業に資金を浪費させるだけで終わらず、日本のポップカルチャーとの架け橋になってくれることを願っている。
キース・カフーン
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