【レビュー+Mailインタビュー】大野愛果、セルフカバー・アルバム完成「坂井泉水さんに顔向けできないような作品は絶対作ってはいけないと」
大野愛果が12月25日、実に11年ぶりとなるセルフカバー・アルバム『Silent Passage』をリリースする。大野愛果は1998年、WANDS「明日もし君が壊れても」で作家デビューを果たして以降、「Love, Day After Tomorrow」「Stay by my side」をはじめとする初期の倉木麻衣楽曲の多くを書き下ろし、「Get U’ re Dream」「明日を夢見て」「グロリアス マインド」など2000年代のZARDなど多数のヒット曲を世に送り出してきた作曲家だ。自身の歌声で綴る作品としては、2002年にリリースした2ndセルフカバー・アルバム『Secret Garden』以来となる。
◆『Silent Passage』全曲紹介動画
90年代以降、日本の音楽シーンに「J-POP」というカテゴライズが生まれ、透明感と瑞々しさ、先進的なサウンドを纏った新しい時代のポップスとして様々なアーティストが次々にヒットを飛ばした。前述したとおり、ZARD、倉木麻衣、愛内里菜などビーイング系女性シンガーのヒット曲の多くを手掛けた大野愛果もJ-POPの時代を支えてきた重要アーティストの1人だ。2013年にデビュー15周年を迎えた彼女がリリースするセルフカバー・アルバムは、これまで「自分が歌うことを前提にして曲を作ったことがなかった」という大野が、実に11年振りに自らの歌声で世に送り出すもの。全曲英語詞であった前二作のセルフカバー・アルバム『Shadows of Dreams』『Secret Garden』とは異なり、全て日本語詞で歌われていることも特徴のひとつだ。さらに今作ではこれまで実現することのなかったZARDのカバーが収録されたほか、著名アレンジャー陣の参加や真骨頂と言えるコーラスワークなど、まさにファン待望の作品に仕上がった。BARKSは大野愛果が時代を彩った楽曲達を一曲ずつ紐解いてみたい。なお、2ページ目には大野愛果のMailインタビューを掲載した。タイトルの意図やZARDカバー、楽曲解釈など、大野本人が実に丁寧に答えてくれたその貴重な言葉の数々をお届けする。
■作家15周年を迎えた大野愛果の11年ぶりとなる作品が完成
■セルフカバー・アルバム『Silent Passage』全曲解説
01.Get U’ re Dream
<original:ZARD>
lyrics 坂井泉水 arrange 池田大介
2000年9月リリースのZARDへの初提供曲。壮大なストリングスと、リズム・セクションを除いたコーラス・ワークによるゴスペル調のアレンジが、早逝した坂井泉水へのメッセージとも取れる感動的な仕上がりとなっている。大野本人にとっても思い入れのある曲であろうことが感じられる力のこもった熱唱に、冒頭から惹きつけられる。
02.key to my heart
<original:倉木麻衣>
lyrics 倉木麻衣 arrange 麻井寛史 [Sensation]
倉木麻衣の3rdアルバム『FAIRY TALE』収録曲。デビュー曲「Love, Day After Tomorrow」 以来、様々な楽曲を提供している大野が作曲した今作は、まさに絶頂期に提供された楽曲だ。R&B色の強かったオリジナルとは異なり、しっとりと歌いこんでいるところが特徴的な仕上がりだ。また、後半でのラップ調の裏メロをバックに、徐々に熱を帯びるボーカルも聴きどころ。
03.笑顔でいようよ
<original:三枝夕夏 IN db>
lyrics 三枝夕夏 arrange 岡本仁志 [ex GARNET CROW]
三枝夕夏のバンドユニット、三枝夕夏 IN dbによる2004年発表のシングルナンバー。心地よいパーカッシヴなギター・カッティング、煌びやかに散りばめられたシンセサウンドが耳を惹く。“どうしてそんなに人目を気にするんだろう♪”“なるようにしか ならないんだから♪”といった言葉が印象的な歌詞は、現在の大野自身の心境を重ね合わせて歌っているのだろうか。
04.Time after time ~花舞う街で~
<original:倉木麻衣>
lyrics 倉木麻衣 arrange 古井弘人 [ex GARNET CROW]
2003年に劇場版アニメ『名探偵コナン』主題歌に使用された倉木麻衣の15thシングル。古井弘人による編曲は、倉木楽曲の制作チームCybersoundによるオリジナル・アレンジに比較すると、余分な音をそぎ落とし、琴を思わせる音色でオリエンタルな春らしさを絶妙に演出した。大野のボーカルも柔和なサウンドのなかに哀愁漂う“別れの季節”を感じさせる。また、ダブ・ステップ風に聴こえるリズム・トラックに現代風アレンジを発見できるところも興味深い。
05.静かなるメロディー
<original:竹井詩織里>
lyrics AZUKI七 arrange 大楠雄蔵 [Sensation]
2004年デビューのシンガー竹井詩織里の1stシングル。オリジナルのボサノバ・アレンジをより賑やかに、ラテン調からワルツ調、変拍子と目まぐるしく表情を変える演奏のなかを難なく歌いこなす大野の、ボーカリストとしての実力が堪能できる仕上がりだ。また同時に作曲家としての幅広さを感じさせる一曲。
06.かけがえのないもの
<original:ZARD>
lyrics 坂井泉水 arrange 西村広文 [アカシアオルケスタ]
ピアノの演奏のみをバックに歌われるこの楽曲は、大野自らもコーラスとしてレコーディングに参加したZARDの2004年シングルを里アレンジしたもの。オリジナルではハードなギター・ソロも登場するバンド・サウンドだったが、極限までシンプルな伴奏にすることで、楽曲の美しさがより強調されている。大野の歌唱力と表現力の高さが際立った名演に注目したい。
07.beginning dream
<original:菅崎 茜>
lyrics 菅崎茜 arrange 城大輔
当時14歳でデビューして話題となった菅崎 茜の2002年発表のデビュー曲。大野作品の特徴であるメロディアスさを残しながらも緊張感のある楽曲が特徴だ。オリジナルを踏襲しつつ、よりドラマティックで荘厳な雰囲気となったアレンジは大野の原曲が持つ魅力が十二分に活かされた仕上がり。『Silent Passage』後半の始まりを告げるに相応しいナンバーと言えるだろう。
08.君去りし誘惑
<original:上木彩矢>
lyrics 上木彩矢 arrange 鶴澤夢人 [BackPagez]
上木彩矢の8thシングルに提供した2008年発表曲。あえてバンド・サウンドではなく打ち込みで丸みを帯びた音色を採用しているが、疾走感が損なわれることがない。その上に伸びやかに乗せた大野のボーカルが爽快だ。もとより歌い手の技量のみに頼ることのない完成度を持つナンバーだが、上木よりもハイトーンな大野のボーカルが、楽曲の新しい魅力を引き出している。
09.1000万回のキス
<original:倉木麻衣>
lyrics 倉木麻衣 arrange 鶴澤夢人 [BackPagez]
EDMを大胆に導入したアレンジに驚かされるこのナンバーは、2011年に発表された倉木麻衣の35thシングルだ。エモーショナルな旋律は派手なサウンドにまったく引けを取ることがない。4つ打ちでグイグイ盛り上げることもできそうだが、あえて抑え気味のリズムを採用したほか、薄く掛けたボイス・エフェクトに大野の美意識を感じさせる。それらアレンジがメロディへの愛情を物語るものとなった。
10.Forever You ~永遠に君と~
<original:愛内里菜>
lyrics 愛内里菜 arrange 徳永暁人 [doa]
2010年に歌手活動を引退した愛内里菜の代表曲として知られるナンバー。大野によるセルフカバーはウィスパー・ボイスで囁くようなボーカルを聴かせている。終盤に加速するリズムと対照的に、消え入りそうに細くナイーヴな声をどこまでも追いかけたくなる歌唱はこの楽曲ならではのものだ。
11.君の涙にこんなに恋してる
<original:なついろ>
lyrics 奥野夏夕 arrange 安部智樹
2012年に結成した夏をコンセプトとする女性ユニットなついろのデビュー・シングル。TVアニメ「名探偵コナン」のオープニングテーマとして耳にした人も多いはず。原曲は森川七月による張りのある歌声にコーラスを重ねた押し出しの強い印象だったが、ボトムの無い楽器編成でボサノバ・ギターを基調にしたトロピカルな楽曲に生まれ変わっている。涼しげで優しいボーカルにホッとさせられるハートフルな一曲。
12.don’t stop music
<original:the★tambourines>
lyrics 松永安未 arrange 大浦史記 [Loe]
the★tambourinesの活動休止前のラスト・シングルは、ロック・バンドLoeの大浦がアレンジを手がけた。元々の軽快なロック・チューンはそのままに、ストリングスを導入した華やかなアレンジとなっている。“確かなものは何もないから なおさら 一瞬を刻む 美しさに夢みる♪”といった松永安未による歌詞は、これまで幾千の曲を書いてきた大野が音楽家としての道を進んで行く決意表明を歌ったようでもある。
13.夏を待つセイル(帆)のように
<original:ZARD>
lyrics 坂井泉水 arrange 大賀好修[Sensation]
アルバムのラストを飾るのはZARDが2005年に発表した両A面シングル(「星のかがやきよ」とのカップリング)。アコースティック・ギターに乗せて歌う序盤から徐々に楽器、コーラスが加わり、穏やかな風が吹くように爽やかなサウンドが広がって行く。エンディングへ向けて幾重にも重なっていく歌声がやがてひとつになり、ラストはアカペラで見事なコーラス・ワークを聴かせ、アルバムを締めくくっている。ZARDの曲でアルバムを終わらせることにこだわったエンディングではないだろうか。
解説◎岡本貴之
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