【最速レビュー】ポール・マッカートニー、刺激的でありみずみずしいスピリットに溢れた意欲作『NEW』

ポスト

▲(C)2013MaryMcCartney

と、ここまで来れば「偉大なるロック・レジェンド」として悠々自適、古いファンが喜ぶようなノスタルジックなサウンドを繰り返して、アルバムはのんびり5年に1枚ぐらい出して…と、なりそうなものだが、天才ポール・マッカートニーはそんな安易な道は選ばない。2000年代に突入し、60歳を超えてなおあくまでコンテンポラリーなロックにこだわり、未知なる冒険へと乗り出してゆくのだから、驚異的なアーティスト・パワーと言うほかはない。

2005年に発表した『裏庭の混沌と創造』は、レディオヘッドを手掛けたナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに起用し、すべての楽器をポール一人で演奏してコンピューターでエディットする、きわめて21世紀的な制作方法にトライ。楽曲そのものはポールの王道的ものが多いが、DTM的な質感のあるクールでエッジの立った音が独特で、そこはかとなく漂うサイケデリックなムードもいとおかし、やはり「ビートルズ的な何か」を感じ取ることができる逸品。そういえばジャケット写真のポールは1962年の姿だそうで、やっぱりそういうことなのか。その2年後、生々しいバンドの質感にちょっと逆戻りした『追憶の彼方に』をリリース(それはそれで楽しめるのだが)。さらにスタンダード曲のカヴァー『キス・オン・ザ・ボトム』で一息ついたあと、ついに完成したのが最新作『NEW』というわけだ。ようやくここまでたどり着いた。

結論から言うと、これは『裏庭の混沌と創造』のコンテンポラリーなロックへの挑戦をさらに大胆に推し進め、その上でバック・トゥ・ザ・ビートルズ的なずっと変わらぬ要素もしっかりと感じ取れる、驚くべき作品だ。まず1曲目の『セイヴ・アス』。こんなにヘヴィでダークでパワフルなロックナンバーを冒頭に据えたのは、過去のソロ作では一度もなかった。その後に続く曲も、リズムは非常にヘヴィでタイトなものが多く、しかも生のリズムと打ち込みのそれが分かちがたく結び合わされている。軽やかなアコースティック・ギターが鳴り響く「オン・マイ・ウェイ・トゥ・ワーク」に突如として刺々しいエレクトリリック・ギターが飛び込んできたり、警報のような電子音や緊張感の高い打ち込みのリズムが響いたり。どことなく「アイ・アム・ザ・ウォルラス」のサイケデリック感を思い出す「クイーニー・アイ」にもエレクトロニックな加工音がふんだんに使われ、リード曲「NEW」ののどかで明るいシャッフルのリズムも、硬質な音作りゆえまったくノスタルジックには聴こえない。

その他、ストレートなロックンロール、英国的なトラッド・フォークソング、アコースティック・ギターが奏でるシンプルなポップ・チューン、単純なリズムマシンのビートに乗せたミニマルなダンス・ナンバーなど、様々な曲調が並んでいるが、生楽器とエレクトロニクスの融合がどの曲も非常に刺激的。ポールの歌はさすがに70代だな…というところもあるし、珠玉のメロディがふんだんに聴けるポップなアルバムか?というと、そういうものとも少し違う。だが全編を貫く緊張感の高さ、実験的なものへの飽くなき挑戦、今までにない景色を見たいというポールの執念のようなものが音の隅々から立ち上る、これはやはり「ビートルズに回帰した」一連のソロの傑作に連なる作品だと言っていい。

そもそもビートルズが体現してきた「60'sスピリット」というものがあったとすれば、それは飽くなき挑戦と実験、冒険だったはずだ。ポールの体の中には今もそのスピリットが根付いていて、71歳になってもこんなにとんでもなく刺激的な意欲作を作ってしまう。音楽に好き嫌いはあるだろう。だがこの『NEW』に溢れるみずみずしいスピリットを否定することは、誰にもできないはずだ。ポール・マッカートニーはまた一つ、偉大なる音楽的世界遺産の中に新たな1ページを書き加えた。

文●宮本英夫

『NEW』【SHM-CD】
2013.10.14発売
UCCO-3048 \2,600(tax in)
1.セイヴ・アス / Save Us
2.アリゲイター / Alligator
3.オン・マイ・ウェイ・トゥ・ワーク / On My Way to Work
4.クイーニー・アイ / Queenie Eye
5.アーリー・デイズ / Early Days
6.NEW / New
7.アプリシエイト / Appreciate
8.エヴリバディ・アウト・ゼアー / Everybody Out There
9.ホザンナ / Hosanna
10.アイ・キャン・ベット / I Can Bet
11.ルッキング・アット・ハート / Looking At Her
12.ロード / Road
13.ターンド・アウト / Turned Out
14.ゲット・ミー・アウト・オブ・ヒア / Get Me Out Of Here
15.ストラグル / Struggle

<来日公演 アウト・ゼアー ジャパン・ツアー>
11月12日(火)大阪公演
11月15日(金)福岡ヤフオク!ドーム
11月18日(月)19日(火)21日(木)東京ドーム
この記事をポスト

この記事の関連情報