【連載】Large House Satisfactionコラム番外編『新・大岡越前』第四章「志村な感じ」
※
「あっ、なんか人工呼吸はしないでって。医者が」
掬衛門はロクさんに言った。
するとロクさんは顔を真っ赤にして、
「何言ってやがんだ!このままほっといたら、あんたの娘は死んじまうぞ!そんな藪医者の言うことなんか、知るかよ!」
「見てわかんねえのか!このまま何もしねえと死ぬって言ってんだよ!いいのか!?あんたが娘を死なせたいなら別だがよ!」
大音声である。
盲目であることもその迫力の手助けをしていた。
「ゴ、ゴローさんっ。ゴローさんを助けてください!」
掬衛門は真っ青になって叫んだ。
「よしきたっ」
ロクさんは素早い動作で的確に心臓マッサージをすると、躊躇せずオキヨに人工呼吸を施した。
▲絵:小林賢司 |
野次馬たちの背後から、
「オッ、オワッ!オワアアア!オワアアアア!」
という、ドリフのコントもしもシリーズで志村けんがやった居酒屋で宙吊りになっているババア店主の声にそっくりな叫び声が聞こえたので、人々は驚いていっせいに後ろを振り向いた。
すると、そこには怒りと絶望で顔を膨張させた医者・内田チャンケンが存在していた。
チャンケンは腕をピッタリ身体にくっつけ真っ直ぐ下に伸ばし、両の手を握りしめてプルプルさせながら、
「ォ、オワアァァァ!オワアアアアアア!!」
と志村な感じで叫んで地団駄を踏んでいる。
人々はその異様な状態の彼を見て震えあがった。
「こ、こらぁいったい、どうなってんだヨォ…」
志村の声で呻きながら、チャンケンはオキヨとロクさんの方によたよたと歩き出した。
野次馬たちはどよめきながらチャンケンを避けて道をあけた。
ロクさんはというと、志村な感じのチャンケンをまるで意に介さず、必死に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返している。
チャンケンは「あっあっあっ」と言いながらますます顔を膨張させた。
「おいっおいっおいっ。もっもうやめろっ。ぼぼぼ僕は僕が着くまでじ、人工呼吸はするなと言ったはずだぞっ」
発狂寸前のチャンケンを完全に無視してロクさんは措置を続ける。
愛しいオキヨの唇に、ロクさんの唇が荒々しく何度も触れる。
「んやんっ!ぅやめぇっ!お、おまっ!おまっおまままままん!おまっ」
チャンケンが半ば発狂し、身を捩りながら叫んだその時、
「よぉしっ!息を吹き返したぞ!」
ロクさんの太い声がチャンケンの狂った叫びをかき消した。
オキヨは小さな口と鼻からかぽ、と水を吐き出すと、激しく咳をしながら目に涙を浮かべている。
次の瞬間、わあっ。という野次馬の歓声と拍手の音が響いた。
「おお。さすがロクさん!頼りになるぜ!」
「あたしは思わず惚れちゃうとこだったわよ!」
「いよっ、ロクさん日本一!」
「男前!」
群衆は口々に賞賛を叫んでいる。
すると感情の混乱を起こした掬衛門は、
「わ、わああああああ!!ゴローさーーん!!あなたが本当のゴローさんだったんですね!!もう、ゴローさんでしかない!!餅を焼こう!」
とか意味不明なことを喚きながら肩で息をしているロクさんにしがみついた。
「おい、旦那ぁ、離せって、よしてくれよ」
ロクさんは恥ずかしいそうな顔をしながら掬衛門を引き剥がそうとしている。
「いいや!離さん!あんたぁゴローさんの恩人だぁ…」
号泣しだした掬衛門の背後に顔面爆発寸前のチャンケンが存在していた。
「オッオッオッ」
チャンケンは言葉にならぬ呻きをあげながらよたよたとロクさんに詰め寄った。
「オッオッオッオッマエ!オマエェエ!オェェエ」
ロクさんの襟首を掴むとチャンケンは口から泡をふきながら呪詛の言葉をまきちらそうとした。
しかしロクさんは慌てもせず冷静に、
「おい、あんた医者だな?たった今呼吸は戻ったが長く冷たい水に浸かっていたんだ、早く手当をしろ」
そう一息に言うと、
「さあ、あんたの病院へ行くぞ」
ロクさんはオキヨを軽々と背負ってチャンケンを促した。
たくましい背中に身をあずけたオキヨは心なしか安堵の表情を浮かべている。
有無を言わせぬロクさんの言葉によって、何処にも向けることのできない嫉妬と怒りが心に充満したチャンケンは、
「ぺっ、ぺそぽ」
とか意味不明な呻きをあげつつ、惑乱したままぎこちなく自宅であるチャンケン病院へ歩き始めた。
「いよっ!ロクさん!男の中の男!」
「あたしゃ胸んところがまだばくばくしてるわよ!」
「ロクさーん!俺はあんたに惚れたぜ!」
群集の賛辞の嵐を背中に受けながら、ロクさんは静かにチャンケンのあとをついて歩いて行く。
その確かな足取りはまるで盲目を感じさせないものであった。
「オッ。ゴ、ゴ、ゴローさーん!!」
掬衛門は慌ててロクさんとチャンケンを追いかけた。
※※
「で、病院行って、チャンケンがオキヨを治療して助けた、と」
大岡忠相の言葉に掬衛門もぷるぷる頷いた。
「左様でございます」
茶を飲み干すと、忠相は溜息混じりに言った。
「そんで、なんなの。よかったじゃん助かって」
「いえ、ほんと、まあよかったんですが、あの」
「なんだってのよ」
やっとまともな言葉が喋れるようになった掬衛門は、頭をかきながら、
「ええ。三人のうち誰かにオキヨを嫁にやろうと思っとりまして…しかし誰にやればいいのやら…大岡様、誰がいいんでしょうかー!?」
忠相は、
(つーか三人のうち二人はクズじゃん…)
と思って新しく淹れた茶を一口すすった。
続く。
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