【ライブレポート】ドイツの女性ヴォーカリスト、シャロン・ブラウナーが歌うユダヤ民謡
◆シャロン・ブラウナー画像
そして、大学で正規の音楽教育を受けた彼女は、卒業後すぐに西ベルリン・ヴィルマースドルフの伝統ある小ホール、バー・イェダー・フェアヌンフト(Bar jeder Vernunft)に見いだされ、24歳のころから女性ジャズヴォーカリストとしての活動を開始する。2003年にはソロアルバム『Sharon』をリリース、2009年の2ndアルバム『glücklich unperfekt』では、ドイツのラウンジ・ポップ、ユダヤ民謡、タンゴ、キューバ風のリズム、ボサノバ、バルカン半島の音楽、スウィング・ジャズ、アラブ音楽が見事な融合を見せたアルバムで、彼女の音楽が、単なる一女性ジャズ・ヴォーカリストの領域にとどまらないものであることを示している。2013年に新作となるアルバム『イディッシュ・エバーグリーンズ(Jewels - Sharon Brauner sings Yiddish Evergreens)』をリリース、この作品は、彼女のルーツである、ヨーロッパに古くから伝わるイディッシュ民謡をテーマとしている。
このアルバムリリースを祝して、5月1日(水)から5月5日(日)にかけて、彼女のホームタウンと呼べるバー・イェダー・フェアヌンフトにて五日連続のコンサートが行われ、BARKS取材陣は5月2日(木)のライブに参加した。春がようやく訪れメーデーの熱狂に沸くベルリンのあらゆる街頭で、このコンサートの告知ポスターは目にすることができたし、伝統あるホールを五日連続で貸し切りしてのイベントであることからも、ベルリンの人々にとって彼女が如何に重要な才能であるかがわかるだろう。
シャロンとクインテット編成のバンドのメンバーは以下のとおり。
・シャロン・ブラウナー(Vo)
・ハリー・エルマー(Harry Ermer:Pf、Harmonica)
・ダニエル・ツェンケ(Daniel Zenke:B)
・ホセイン・ヤセリ・マネシュ(Hossein Yacery Manesh:G)
・クリス・ファー(Chris Farr:Dr)
・セバスチャン・ボルコウスキ(Sebastian Borkowski:Flute, Sax)
透け感のある黒いドレスで登場したシャロンは、最新アルバムから、タンゴ・スタンダート「Tango Apassionata」、幼少時代の彼女に影響を与えたというユダヤ系アメリカ女性デュオ、バリー・シスターズ(the Barry Sisters)のヒット・メドレーなどを熱唱。妖艶な色気と、子供っぽい無邪気さが同居していているような魅力が、彼女の歌唱にはある。バック・バンドのメンバーも安定した技術を持ったベテラン・ミュージシャンばかりで、特にバリー・シスターズのメドレーや、ユダヤ民謡のメドレーなどで、複雑な変拍子や転調をバシバシと正確にキめ、加えて自由なアドリブ演奏も聴かせる。曲の合間での彼女のMCもとても面白く、満員の客席から多くの笑い声が漏れた。彼女の永い芸能人生を反映するかのように、余裕のある素晴らしいエンターテイメントだった。
とくに、ロシア系ユダヤ民謡として伝わる「トゥンバラライカ(Tumbalalaika)」の寂しく物悲しく、胸をえぐるようなしっとりしたアレンジがこの上なく美しい。イディッシュ民謡と、クレズマー音楽の明確な違いについて理解していない筆者に対して、「私が採り上げているイディッシュ民謡は、クレズマー音楽とは違うものなの。ドイツやポーランドに古くから伝わるフォーク・ソングで、東欧やそれ以外の国の音楽もごちゃまぜになってるの」とシャロン。「クレズマー音楽は基本的に歌が無くて、クラリネットがリードを務めて、かつテンポが速い」と観客の50歳代と思われる男性。
最新アルバム『イディッシュ・エバーグリーンズ』は、まず第一に彼女の両親&家族に捧げられた作品であり、会場には彼女の父母の姿も見られた。幼いシャロンは、父母と家庭で、これらのイディッシュ民謡を何度も口ずさんだのだろう。そのときの彼女の様々な思いが、この日見た「トゥンバラライカ」に反映されているのだろう。だから、この上なく物悲しく美しいのだ。彼女のルーツ音楽への回帰は、民俗学的なルーツ探求では決して無く、彼女が過ごしてきた等身大のルーツに向けて、捧げられているのだ。そもそも、外国人(日本人である筆者)が、外国の音楽(東欧におけるユダヤ系音楽)の境界線を、浅はかな知識で性急に明確に引こうとする行為自体が愚かなのかもしれない。古き伝統に対する彼女の敬意と思いが、そのように感じさせてくれたのだろう。
シャロン・ブラウナーは、女性ジャズヴォーカルファンのみならず、日本のロック、ポップ・ファンにも聴いて欲しい素晴らしいアーティストだ。2009年のアルバムで彼女は“寿司”について歌っているが、「お寿司は大好き!」とのこと。
写真:Nozomi Matsumoto, Berlin
文:Masataka Koduka, Berlin
◆シャロン・ブラウナー・オフィシャルサイト