【連載】Large House Satisfactionコラム番外編『新・大岡越前』第二章「相談事」
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忠相は何度もぶん殴りそうになるところを堪えながら掬衛門の落ち着くのを辛抱強く待っていたが、
強烈なゴローさん症候群に陥った掬衛門はなかなかゴローさんの呪縛から抜け出すことができないようで、
「ゴローさんどうしてよー?ゴローさぁん!どうしてわかってくれないんですかぁ…。ゴローさんは八代目ゴローさんであるゴローさんからの信望も篤い、名ゴローさんであるゴローさんではないですかぁ…」
「あっ。貴様っ。畏れ多くも八代様を、う、上様をゴロー呼ばわりするかっ。もう我慢ならんっ。こ、殺してやる」
遂に堪忍ポーチの緒が切れた忠相は腰の脇差しを引き抜くと、
「キャアアアアアアアアア!!」
と叫んで掬衛門に斬りかかった。
忠相のあまりの剣幕に腰が抜けた掬衛門は、
「ゴ、ゴローさああああああん!!」
と叫ぶとぷるぷる震えながら座り小便をし、そのまま気絶して後ろへ倒れてゴロンゴロンッと丸っこい身体を土間に転がした。
倒れたのが功を奏し、忠相の剣が空切ったところで、
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▲絵:小林賢司 |
「お奉行!!」
と悲鳴をあげながら横に控えていたヨッチャンやグッさんが忠相を押さえつけた。
「ええいっ。は、離せっ。ぼくはこいつをこ、殺すんだっ」
「おやめください、奉行っ」
すると騒ぎを聞いて駆けつけた肉体派の同心・ウチダさんが、
「お奉行!御免!!」
と一喝して忠相に腹パンした。
「ぐっ…」
倒れかかる忠相をヨッチャンが受け止め抱きかかえて奥の部屋へ連れていった。
「いやーどうしたのってうわっ!冷たっ!なにこの黄色い液体は。く、くせぇ」
ウチダさんは知らずしらずのうちに小便を踏んでいた。
「それ泥鰌屋の大旦那の小便ですよ…」
グッさんは気の毒そうな顔で言った。
「えええええ!早く言ってよー!オレ踏んじゃったよー!しかも素足で!ふざけんなよー!もうぶっ殺すよー!」
ウチダさんが掬衛門の着物の襟を掴もうとしたとき、
「お父さん!」
と、玄関から女の悲鳴が聞こえたので見ると、
そこには雪の様な肌をしたとても美しい娘が立っていた。
といっても江戸時代のことなんで、皆さんが想像しているような現代のモデルとか女優とかそういう感じではないから、多分そんな綺麗じゃないです。
むしろ現代人からしたらブスかもしれないこの娘の名はオキヨ。
泥鰌屋掬衛門の愛娘である。
「お父さん!どうしたの!」
オキヨは掬衛門に駆け寄って肩を揺さぶった。
「ハハッ。小便漏らして気絶したんだってよ」
ウチダさんは意地の悪い目をして嬉しそうに言った。
「そんな…お父さんに何をしたんですか!」
「なんもしてねーよ!てゆーかこっちが被害者だっつーの!踏んじゃったんだから、お前の親父の小便。タ、タオル買ってこいよー!」
「何もしないのに気絶して小便漏らす人なんていません!事と次第によっては許しませんよ!」
このオキヨ、昔「本所の狂った筋肉」の異名をとったウチダさんを相手どって、なかなか気丈である。
「いいからタオル買ってこいよー!!」
ウチダさんの目が殺気を帯びてきたところでグッさんがとめに入った。
「ウチダさん!よしなさいよ!」
「うるせー!」
ウチダさんはグッさんの眉間に強烈なストレートを叩き込んだ。
眼鏡がぱきゃっと音を立てて壊れた。
グッさんは、
「オッ」
と呻いて鼻血を出して土間に転がり落ち、掬衛門の隣りにぐったりとなった。
とんだとばっちりである。
そこへ忠相の介抱を終えたヨッチャンが戻ってきた。
「ウチダさん…またですか…」
「オレ悪くないもん!こいつらが…」
「ウチダさん!」
「オ…ごめん…」
何故かヨッチャンには弱いウチダさんであった。
※※
怒りの収まらないオキヨをヨッチャンが宥めている間に、忠相も掬衛門もようやく気がついて、
オキヨの口から本来の相談の内容を聞く事が出来たのは、もう夜の十時を回ったころであった。
グッさんはまだ倒れたままである。
申し訳なさそうに小さくなって、
「ゴローさぁん…ごめんなさぁい…」
といっている父・掬衛門の横で、冷静さを取り戻したオキヨは、
「私も、あとから父とオロンに聞かされた話なんですが…」
と前置いて語ったのは、こういうことであった。
強い雨の降る日であった。
去る日の台風によって大水、つまり嵩の上がった状態の荒れた川べりを、稽古事を終えたオキヨは御付きのオロンと歩いていた。
「お嬢様、川が荒れているので十分お気をくださいませ!」
「はい。オロン、あなたも気をつけてね」
二人は用心深くぬかるんだ道を歩いていたが突然、あたりが明るくなったかと思うと、強烈な雷が鳴った。
「きゃあっ!」
大の雷嫌いのオキヨは、轟音に驚きしゃがんでしまった。
雨でぬかるんだ道で勢いよくしゃがんだものだから、ずるりと足を滑らせて荒れる川へ転落してしまった。
川の流れは速く、オキヨはみるみる流されてしまった。
「お嬢様!」
オロンは傘を投げ捨て半狂乱で周囲に助けを求めた。
それを見ていた人々が川の近くに駆け寄って来てオキヨを探そうと試みたが、すでにオキヨの姿は何処にも見当たらなかった。
掬衛門は急いで帰ってきたオロンにこのこと聞くと、
「ゴ、ゴローさんが!?ゴローさーん!!」
と叫んで食っていた饅頭を喉につまらせて、ううっ。とか呻いてぶっ倒れた。
慌てた従業員達は、
「旦那さま!」
「しっかりなさってください!」
などと口々にいって掬衛門の背中を叩いたりして騒いでいると、店先から、
「どうかなさいましたかな!」
という凛とした声が響いた。
見るとそこには切れ長の眼をした四十歳くらいの痩せたおっさんが立っていた。
易者・西開眼である。
易者とは占い師のことであり、西開眼はこの界隈でも有名なアル中であった。
「うわっ。酒狂いの開眼だ」
「酒くせー」
「てめー勝手に店入って来てんじゃねーよ」
「おい、早く追っ払え」
「塩持ってこい、塩」
従業員は口々に西開眼に罵倒を浴びせた。
すると開眼は、
「わああああああああああ!!」
と泣き叫び頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
「うお、アル中が発狂したぞ」
「酒が切れたんだ」
「ちょっと誰か奉行所行ってウチダさん呼んでこいよ、ウチダさんこいつ嫌いだろ」
「おいおい、そんな店の出入り口で狂われちゃ困るぜ」
またも従業員が罵倒を始めると、
「やめんか!!」
いつの間にか饅頭を嚥下していた掬衛門が大喝した。
従業員達はいっせいに静まり返ると、鼻をほじったり屁をこいたりして我関せず的な態度をとりはじめた。
「まったく…しかしゴローさん、今日はちょっとまた飲み過ぎですな」
掬衛門は開眼にそう言って立ち上がらせた。
「今、実は大変とりこんだことになっていてな…」
掬衛門は藁をもすがる思いで開眼にオキヨが川で行方知れずとなってしまったことを話した。
すると開眼は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃなった顔で、オンッ。とか、メンッ。とか言いながらポケットから取り出した小汚い五本の木の棒を、かしゃかしゃこねくり回し始めた。
しばらくして、ボソボソと語り始めた。
「掬衛門さん…オキヨさんは板切れにつかまって、落ちたところから少し西に行った川の深みに浮いておりますぞ…」
「そ、それは間違いないのか!?」
「はっきり見えました…早く助けなければ手遅れになりますぞ…」
掬衛門はすぐさまこのことを店の者に伝え、捜索させた。
すると驚いたことに、西開眼の言う通りの場所にオキヨは板切れにつかまって浮かんでいた。
しかし川はまだ荒れており、助けることが難しい。
「ゴローさぁん…助けてよぉ…」
駆けつけた掬衛門は悲痛な声で呻いた。
しかし、大荒れの川に飛び込めるブレイブなハートの持ち主はなかなかいない。
もうダメかもしれない…。
そう諦めかけたその時。
「誰かっ。縄を持ってきて俺の胴回りに結んでくれっ」
一人の盲目の男が迸るように叫んだ。
続く。
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