【連載】中島卓偉の勝手に城マニア 第11回「弘前城(青森県) 卓偉が行ったことある回数5回」
本州の最北端にある日本の名城、青森県は弘前城である。
この城も創りがシンプルでありながら、かと言って大味ではなく、現存する建物が多く残っており、城マニアを唸らせる魅力を兼ね備えた城だ。
平山城と言われてはいるが私の感覚でいくとナイスな平城だと思うのだがいかがだろうか?堀にもほとんどカーブがなく、四角い縄張りで作られており、それはまるで1964年にビートルズがオーストラリア公演を行う時にリンゴ・スターが扁桃腺の手術で入院しており、代役でドラマーを務めた、ジミー・ニコルの顔くらい四角い。(今このくだりを読み、私と同じくビートルズマニアのトライセラトップスの和田唱さんはバカウケのはずである)
津軽藩士によって築城されたのは1600年代初期。1611年にほぼ完成をみた。
ここで真っ先に伝えておきたいのは、今現存している弘前城の天守は本来の天守ではないということである。今の天守が偽物と言ってるわけではなく、加勢大周と新加勢大周が存在すると言ってるわけでもない。
築城当時は本丸の南西隅にかつては5層5階の天守が建てられていたのである。だが、江戸時代によくあるパターンで落雷により焼失してしまったそうな。しかもその天守のデータはほとんどと言っていいほど残っておらず、1627年に焼失してから約200年の間天守は再建されなかったのである。江戸時代の弘前城は天守のない城として機能していたわけである。
だが津軽藩士は徳川幕府に天守再建の申請をし、了解を得て1810年に今の天守の場所にあった櫓を新たに建て直し3層3階の天守を建築。だがやはり幕府に遠慮してこの高さの天守にしたことが伺える。
正直この高さの天守では最上階に上って景色を見渡しても眺めはさほど良くない。まして弘前城はたくさんの3層3階の櫓が残っているのでこの天守を天守と呼ぶのもちと無理があるように思うが、やはり5層の天守が残っていたらそれは素晴らしいことだったはずである。う~ん幕府に遠慮せずもう一度でかい天守建ててほしかったなあ。
弘前城は現存する櫓、門がとても綺麗な状態で残っている。これも観光の見所だ。だが城マニア中島卓偉は、5層の天守が建っていた本丸の南西隅の石垣を見てイマジンするわけである。本丸の外から見てもやはり旧天守台の石垣は反りも最高である。ここが本当の天守台だなと納得させられる創りである。そこに再建されなかったことが残念でもあるが、そこをイマジンしながら、そこをおかずにしながらご飯三杯行けるのが城マニアの楽しみ方である。
余談ではあるが津軽藩士の殿様は代々おもくそ髭面である。資料館に残されている代々の肖像画を見るとわかるがほぼ全員おもくそ髭面である。全員60年代後半から70年代半ばにかけてのヒッピーばりの髭である。ワーゲンバスに乗ってそうである。フリーセックスしてそうである。東北の人は顔が薄いイメージがあったのでこれ見てびっくり。みんないいスライドギターを弾きそうに見えてしかたない。
小学生の低学年の頃、ビートルズのアビーロードのアナログを買ってもらった時、ポール以外のメンバー3人がおもくそ髭面だったので、親父にこの当時でみんな何歳なの?と聞いてみたところ、
「このアルバムのリリースは1969年で、ジョンとリンゴは1940年生まれのはずだからこの時で29か30くらいか、ジョージは1943年生まれだから27歳ってとこだな」
これでまだ20代?????????????????
かなりのカルチャーショックを受けた私は初めて弘前城に訪れた小学4年生の時、この資料館で津軽藩士の殿様のおもくそ髭面の肖像画を見ながら、
「絶対この人達もこの髭面で実は20代や!絶対この髭面で絶対20代のはずや!」
と、ぶつぶつ独り言を抜かしながら見学してことを何故か鮮明に覚えている。子供の思い込みは非常なまでに激しい。大人になったら同じくらいごつい髭が生えて来ることを楽しみにしていたが一向に生えて来ないではないか…。
天守に話を戻そう。
この現存天守の魅力はずばり、表と裏の窓のデザインが全然違うということである。本丸外から見る天守と本丸内から見る天守は別物に見える。スーツで言えば裏地との兼ね合いと似ている。ここに果てしないセンスを感じる。外観だけがデザインではない。
そのインパクトに感銘を受け、小学4年の夏休みの宿題の自由課題は弘前城をテーマに、撮った写真と文章で提出した。だが担任の先生はまったく城に興味なく、まったく評価を得られなかった。
「ひろまえ城ってどこ?青森?東北?」
人生で初めて殺意を覚えた瞬間であった。しかしおもくそセンスの欠片もない教師だ。
小学4年で夏休みの宿題を弘前城であげてくるなんてかなりのハイセンスだとしか思えない。そう!世の中はすべての才能に気づけないものなのである。
現在の弘前城は明治時代に桜が植えられ、桜の名所としても全国で知られている。満開の時に訪れたことはないが、城内のお土産売り場に満開の桜に彩られた天守の写真が額縁に入って売られていたので、これを買い、長らく自分の部屋に飾っていた。しかもこの額縁の中にいつも微々たる小遣いをへそくりしていた。というのも子供部屋は兄貴と二人で使っており、適当な所にしまっておくと勝手にお互いが使ってしまうアホな兄弟だったので弘前城の額縁に隠していたのである。3千円貯まったら1枚アルバムを買うというのが自分のローテーションになっていた。
だが忘れもしない1992年の6月、中学2年生だった私は活動休止から復活を遂げたZIGGYの待望のニューアルバム「YELLOW POP」を発売日に買おうと思って額 縁を開けると千円足りなくなっている。
ぶち切れた私は兄貴に向かって、「てめええええ、俺の弘前城から千円パクってんじゃねええYELLOW POP買えねえだろうがボケクソうんこ~~~~~~!!!!!!」
そのファイトにより弘前城の額縁は破損、ZIGGYも発売日に買えず、まさにCLASH!CLASH! CLASH! すべて粉々に…。弘前城というとこの日のことが蘇る私なのである。
弘前城。日本に現存する12天守のひとつである。だが最近の情報では本丸の石垣が膨らんできており、そろそろ修復しなければとのこと。
修復に入ると短くても5年はその姿を見られないのでいち早く観光されることお薦めしたい。
その前に青森でアコギライブ出来ぬものか。
いや必ず青森でライブをしたい。
何年か前に一人で弘前に訪れた時に、弘前から秋田へ向かう切符の買い方がわからなかったので窓口で聞いたところ、顔は日本人なのにずっとフランス語っぽく話してくる駅員さん。
切符を買ってホームで待っていたら、さっきの駅員さんが走ってきて、フランス語っぽい日本語で、どうやら代金を多くもらってしまっていたので、残金をお返ししますとのことだった。エレガントな話し方をするとてもいい駅員さんだった。
当時のマネージャーは青森出身だったのでこの話を伝えると、
「ああ、卓偉ね、それね、フランス語っぽく聞こえるって俺もよく言われたことあるけどね、津軽弁だから」
青森、弘前、また訪れたい…。
◆【連載】中島卓偉の勝手に城マニア・チャンネル
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