【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」Vol.1「アラビアータで絶望」

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初めまして。

Large House Satisfactionの小林要司です。

いつも何かにムカついてます。



でも、みんなそうじゃないか。

俺と君はなにもかわらないはず。

そう、同じ人間なのだからー!





なんて言うわけねーだろ。


これからムカついたことを連載していきたいと思っています。

多分毎回長いと思うけど、読んでね。




***


イタリアン。


イタリアンレストランで食事をすることが大好きだ。


俺はイタリア料理を心の底から愛している。

どの料理にもどこかしら陽気な感じが漂っていて、食べると精神がいい感じになる。

豪快な感じもいい。

心が陽気なイタリア野郎になっていく感じがする。

そして、イタリアのたねうまー!ロッキー!バルボア!と叫びたくなる。叫ばないけど。



フランス料理だとこんな楽しい感じにはならない。

まず背筋をシャンとしなきゃいけない雰囲気に、心が凍る。

卓上のナプキンを汚したらとても怒られそうな気がしているそんな矮小な自分から逃避しようとして、たくさんの酒を飲んで酩酊し、挙句、純白のナプキンに赤ワインをこぼす。

その後、脳が爆発して死ぬ。

考えただけで恐ろしい。


でもイタリア料理なら脳爆発しない。

嬉しい楽しい。



そんな好きなイタリア料理を食べて精神がいい感じになってるとき。



隣のテーブルの中年夫婦がアラビアータを注文した。

眼鏡を掛け丸々太ったタヌキのようなご主人と、しわくちゃのキツネのような顔をした奥方であった。



ご存知かと思うが、

アラビアータとは唐辛子で辛みを強くしたトマトソースをパスタに絡めたごくシンプルな料理である。


中年夫婦に男性のウェイターが穏やかにかつ心配そうに尋ねた。


「当店のアラビアータは召し上がったことはございますか?こちらはかなりの辛さですがよろしいでしょうか?」


実際この店のアラビアータは激辛で、ソースの香りを嗅いだだけでむせるほどである。


すると、しわくちゃのキツネのような奥方が半笑いで応えた。



「えへぇっ?いやないけど?まあ、はい…?」



俺は、んん?ってなった。




まず最初の「えへぇっ?」という発言。

これは、

「この給仕は何を馬鹿なことを訊いてくるの?あたしビックリした(笑)」

という、何故かおどけながらも完全にウェイターを見下した言い方である。


そして鼻からフンっと空気を出しながら発音した、

「まあ、はい…?」

という最後の疑問の調子にアクセントを置いたこの発言。

これには、

「一応はい。って応えるけど、そんなことを訊かれてあたしは呆れてる。この給仕は阿呆なのかー?(苦笑)」

という、何故か驕りたかぶって他人をなめた感じが込められていて、俺は、ここまで解析したときにはもはやっ。ム、ムカついていたんだよっ。




ウェイターに対してへりくだれとは言わない。

何故なら客なのだから。


でもさ、

「えーそんなに辛いんですかぁ?わー食べられるかしら(汗)」

みたいなポップな感じでいこうよ。

まあ正味そこまで言わなくてもいいけど、陽気なさーイタリアンなんだしさー。

陽気な感じでいこうよー。




そんなジリジリしてる俺の心情など関係なく、さすがは陽気なイタリアンレストランのウェイター、笑みを絶やさず元気よく次の確認事項を尋ねた。


「こちらはショートパスタでお出ししますがよろしいですか?もちろんロングパスタにも変更できます!」


この店では基本的にショートパスタでアラビアータをだすが、ロングパスタで食べたい、という客様もいるので、

それをわざわざ客様側から質問させる前にこちらから伺っておくという配慮である。

店側からしたら当然の配慮だが、やはり親切な質問だと俺は思う。



そんな質問に対して、こ、このふざけた奥さんは、



「はぁ?も、いーいーいーいーいー!いーわよ、そのまんまで!」



と、顔にたかる蝿を払うように手をひらひらさせながら応えたのだ。














ずおおおおおおおおおおおおお!!

キッ、キサマぁ!!

なんだそのいーいーいーいーいー!ってのは!

そしてそ、その手をひらひらさせるのはなんだ!




俺の心の泉がぐらぐらに煮えた。

怒りで。



かといって俺がどうこう言うことではない。

飲食店に限らず、こういった客はよく見かける。

ウェイターの彼も、こんなことでいちいちプリプリ怒っていたら心身がもたないのを心得ており、


「かしこまりました!では失礼いたします!」


と元気よく言って厨房へオーダーを通しに戻っていった。



俺は心からウェイターに同情した。

同時に嫌な顔一つせず実にスマートに仕事をこなす彼にプロの姿勢を視た。



そして、俺の怒りもようやく鎮静された頃、


「お待たせいたしました!アラビアータでございます!」


先ほどのウェイターが笑顔でアラビアータを中年夫婦のテーブルに運んできた。

見るからに辛そうだが、鋭い唐辛子とトマトソースの香りが食欲をそそる。


しかし、テーブルにおかれたアラビアータを見た奥方はしわくちゃの顔をさらにしかめて、


「ぅえぇ?」


と言った。

不明瞭ながら他人を不愉快の境地に陥れる効果を持った反応であった。



俺はその瞬間、

奥方がウェイターをよびつけて、何か横暴な文句を言うのだと思った。



しかし予想と違い彼女は、

「ふぅ」

とため息をつくと、下唇を故・いかりや長介みたいな感じにして、目線を斜め左上向け、両の手のひらを上へ向けて、まるで欧米人が、

「こいつはもう、おってあげ!」

とやる時みたいに両肩をすぼめ、クイッと上下に動かして失笑した。



俺はムカついた。

予想と違ってもムカついた。


かといって、


「あなたのその今やった欧米人みたいなポーズがひどくムカついたので腹を殴っていいですか?殴ります」


と言って腹を殴ったりはしない。


何故ならそんなことをしたら両の手首がつながって、両親を筆頭に諸人に迷惑がかかるから。

第一俺にはなんの迷惑もかかってないし。


というわけで俺は苦虫を噛み潰したような顔をして、自分のテーブルにある陽気な料理を食べ、ワインをがばがば飲んだ。

ちっとも陽気な精神にならなかった。




そうこうしているうちに中年夫婦は、さぁてと。みたいな雰囲気でウェイターを呼んだ。


テーブルをみるとアラビアータは半分くらい皿に残ったままであった。


確かにこの店の料理はボリュームがあるので、年嵩の客がすべて食べきれないこともたまにあるようだ。

俺はもう別段気にはしなかった。



「お待たせいたしました!」

ウェイターが注文を訊きにやってきた。

奥方は、皿に残ったアラビアータを指差して、


「これ、包んでもらえる?」


と、テイクアウトの要求をした。

ウェイターはそれを快く承諾すると、


「量が多かったでしょうか?パスタは少なめでもお作りいたしますので、次回は是非お申し付け下さい!」


と申し訳なさそうに言った。

すると奥方はそんなウェイターの言葉を鼻で笑い、

馬鹿にしたようにこう言った。



「いや別に量は多くないけどぉ、なぁんかあきちゃったのよねー。だってパスタだけなんだもん、なんの具も入ってないもんだから…(苦笑)」




ウェイターは初めてえっ?という顔をしたが、すぐに思いを改め、


「お伝えせず申し訳ございませんでした…以後、気をつけます!」


と、丁寧に応対して、皿を下げた。


彼女は言ってやったわ、みたいな顔をしてフンッと鼻を鳴らした。

夫のタヌキは無闇にエヘエヘ笑っていた。




俺は心のなかで、

(大体入ってねーんだよ!!)

と叫んだ。

アラビアータなど辛いソースのパスタには基本的に具は入っていない。

もし入っている場合は恐らくメニューに表記されているはずである。



だが、そのことを知らなかったのなら、それはそれでいい。

別に常識でもなんでもないし、知ってるから偉いというわけでもない。



ただそのぉ、


馬鹿したような言い方をぉ、


元気な接客で俺たち客を陽気な気分にさせてくれるウェイターにぃ、




するなあああああああああああ!!


ああ!!





わああああああああああああ!!!!







気がつくと俺は、近所のバーの床に椅子ごと転がっていた。


脳裏にしわくちゃのキツネの顔が焼きついていた。


絶望的な気分だった。

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