【連載】「城南海」のよみかたVol.5「音楽プロデューサー武部聡志が分析、城南海の持ち味と可能性」
「城南海」のよみかたも5回目に突入しました。今回は、ニューシングル「兆し」の作曲・編曲・プロデュースを担当された、音楽プロデューサー武部聡志さんのインタビューをお届けします。感動作「兆し」はどのようにして生まれたのか? そして、武部さんから見た、歌手城南海はどんな魅力を持っているのか? たっぷり伺いました。
◆武部聡志、城南海 画像
最初のころの天真爛漫な感じから強さが加わって、それと同時にアーティストとして抱える孤独や不安といったものも生まれてきたんだと思います
――武部さんが城南海の歌を初めて聞いたとき、どのような印象を持たれましたか?
武部聡志:彼女の歌を最初に聞いたのは、確か渋谷のライヴハウスでした。僕は別のアーティストと一緒にやっていて、対バンのような形だったんです。城さんの歌声は、すごくストレートな印象がありましたね。奄美や琉球の歌を唄われる方は、もっとクセのあるイメージが強いんですけれど、彼女は奄美大島独特のグインを使った歌唱法だけでなく、まっすぐな唄い方をする、と感じました。また、城さんは中島美嘉さんの『桜色舞うころ』や『ハナミズキ』など自分が関わった作品をカヴァーで歌ってくれていたこともあって、親近感も覚えましたし。いろいろな音楽を自由に受け止め、自分なりに解釈して、柔軟に取り入れる姿勢を持っている方だな、と思いました。
――ちなみに、初めてお会いになったときは?
武部聡志:おおらかというか、細かいことを気にしないというか、天然というか(笑)。屈託のない笑顔で、誰とでも壁をつくらずに話ができる、という印象でした。
――なるほど(笑)。レコーディングでは、どんな特長を感じますか?
武部聡志:彼女は唄い込むことによって、自分のものにしていきますね。アーティストによっていろいろな歌入れの方法がありますが、彼女の場合は唄っていけばいくほど、良くなっていくタイプ。声も丈夫で、何回歌っても耐えられるだけの喉を持っていると思います。
――「兆し」は作詞が一青窈さんですが、武部さんが一青さんとのコラボレーションで他のアーティストさんに曲を提供されたのは初めてだそうですね。
武部聡志:以前、関わらせていただいたシングル「ルナ・レガーロ~月からの贈り物~」(2010年3月リリース)のときは僕が先に曲を書いて、あとから川村結花さんが詞を書くという作業だったんですけれど、今回は最初から一青と一緒にやる、ということが前提としてあったんです。長年付き合ってきたなかで、「こういうメロディだったら、こういう詞を書くだろう」ということは想像できるので、彼女が書くことをイメージしながら曲も作りました。
――城南海は、仮歌の段階で同席したそうですが。
武部聡志:僕が一青とやるときのいつものやり方と一緒なんですけれど、まず僕が作ったメロディに彼女が言葉をあててくる。それを「ここはメロディとして、もっとこういう言葉が欲しい」とか、「曲の構成上、ここはこういう展開にしたい」とディスカッションをしながら作り上げていくんです。そこがいわゆる一般的な「作曲家が書いた曲に作詞家が詞をつける」という作業とはちょっと違うんですね。実際に城さんに歌ってもらうときも、デモをつくるときも彼女に来てもらって、その場で歌詞を直し、最後に一青が歌い、それを城さんに聴いてもらうやり方をしました。ものを書いたり言葉を書いたりする人は、譲れない言葉というのがあるんですよ。今回、彼女の中で「兆し」というワードに関しては、すごくこだわりがあった。だから、詞を書く人がこだわるところを分かった上で作っていかないと、と思います。むやみに変えればいい、というものではないし。それは長年培ってきた、お互いの阿吽の呼吸みたいなものがありますね。
――今回、一青さんと武部さんのお二人が培ってきたなかに、他の方が加わることによって、どんなところが今までと違いましたか?
武部聡志:詞を書く上で「自分が歌うのではない」ということを考えながら書かなきゃいけないじゃないですか。言葉の乗せ方に対するこだわりは持っているけれど、城さんが唄っているときに一番いい響きになるにはどうしたらいいか、彼女もすごく考えたと思うんですよね。城さんにとっても、僕と一青のやり取りを見てレコーディングに臨んだので、いい形で曲に向かえて、意識が高まったんじゃないかと思います。
――城南海はレコーディングの際、一青さんの歌を聞いて、どう歌えばいいのか分かったそうです。
武部聡志:音楽って不思議で、ちゃんとメロディに対して、音数ぴったりで言葉がはまっていれば良いのかというと、そうとも限らない。字余りだったり字足らずだったりすることで、そこが印象的になるかもしれないし。そのへんのさじ加減なんですよね。とくに一青は言葉の乗せ方が独特ですし。普通だったら音節で切るところを切らなかったり、ちょっと変わった乗せ方をしますから。ただ、歌う人によっては生理的に合う、合わないがあるので、城さんには、「もし唄いにくい部分があったら、それは正直に言ってね」という話もしました。
――「兆し」のメロディは、どのようなイメージを元に書かれたのでしょうか?
武部聡志:前作の「ルナ・レガーロ~月からの贈り物~」は、森の妖精というか、森にこだまするイメージがあったんですよ。でも今回は、もう少しパーソナルな感じですね。空に歌声が響くというよりは、1対1で語りかけるようなイメージで作りました。一青自身、あまり歌で暑苦しく人を説得したり、元気づけたりという歌を書く人ではないんです。私小説的であったり、パーソナルな歌を好む人ですから、スケール感というよりは、語りかけるように聴かせる歌にしたいな、とは思いました。でも僕がメロディを作ったのが東日本大震災前で、彼女が詞を書いたのが震災後だったので、詞を書く上で、震災の影響はあったと思います。
――城南海にパーソナルな感じの曲を歌ってもらおう、と考えられたのはなぜでしょうか?
武部聡志:今の城さんの年ごろは、日々すごく変化して大人になっていくし、そんななかで、自分の内面と向き合わなくてはならない時期が絶対に来るでしょう。彼女と最初に会ったときは、それこそ屈託のない笑顔の女性だったけれど、今はもう少し自分の内側にあるものと向き合うような年になってきたんじゃないかな、と感じたんです。ヴォーカリストは、その時期、その時期で似合う曲が変わると思うんですよね。たとえば一青だったら、デビューのときは『もらい泣き』が似合ったかもしれないけれど、今、ああいう歌は似合わないでしょうし、『ハナミズキ』もあのときの年齢だからこそ合ったんだと思います。人によって、この瞬間だからこそ似合う歌、みたいなものが絶対にあるはずなので、僕なりに城さんのことを見て、「今はこういう歌が似合うんじゃないかな?」という曲を作ったつもりです。
――CDジャケットを並べてみたときに感じたのですが、容姿に関してみても、城南海の印象はどんどん変化していっていますね。
武部聡志:なにより目つきが変わったと感じます。最初のころの天真爛漫な感じよりも、もう一段、強さが加わって、それと同時にアーティストとして抱える孤独や不安といったものも生まれてきたんだと思いますね。なんて、勝手なことを言っていますけれど(笑)。
――いえいえ、大丈夫です(笑)。
武部聡志:さなぎが蝶になるような変化ですね。だから「兆し」の2番に蝶々という歌詞も入っていますし(笑)。
音楽はもっと自由でいいはず。自分のバックボーンを踏まえたうえで、城さんにしか歌えない歌の世界を確立していってほしい
――「ルナ・レガーロ~月からの贈り物~」では城南海の歌い手としての華やかな部分が花開き、「兆し」ではまた違った深遠さを感じました。
武部聡志:城さんは、基本的に歌がうまいじゃないですか。彼女の歌のうまさが光る曲が「ルナ・レガーロ~月からの贈り物~」だとすれば、今回の「兆し」は、「別にうまく歌いあげなくてもいいよ」という曲なんですよね。うまさとかではなく、もっと彼女の内面的なもの、気持ちが伝わればいいな、と思ったんです。
――今回の「兆し」はチェロの音がひとつの鍵になっていますが、なぜチェロを入れようと思われたのでしょうか?
武部聡志:ピアノやギター以外に、なにか楽器を一色(ひといろ)入れたかったんですね。その一色はなにかな?と思ったときに、ヴァイオリンや笛とか音域が高い楽器だと、彼女の声と合わさったときに打ち消し合ってしまう。城さんの高い声を生かすためには、わりと低い音の楽器だろうな、と考えました。あと、歌詞を見て何か支えている、というイメージがあったので、チェロにしたいな、と思ったんですよね。「支えているものがあって、自由に羽ばたいていく」みたいな。ヴァイオリンだと主張があるというか、もっとイーブンな感じになるので、強い主張がなくて、土台で支えているイメージでチェロにしました。
――城南海は、高い声はもちろん、低い声も深い響きがありますね。
武部聡志:彼女は音域が広いですし、声のなかに憂いが出てきましたよね。ヴォーカリストはそうやってどんどん変化していくから、おもしろいんだと思います。
――ライヴ等で一緒に演奏されるときは、どんな空気感なのでしょうか?
武部聡志:いろいろなアーティストさんがいらして、わりとこちらの演奏を気にしながら歌う人もいるんですけれど、彼女の場合、周りがどうであれ、まったく気にしない感じです。自分の歌にすごく集中できるタイプ。ピアノ一本であろうが、バンドだろうが、オーケストラだろうが関係なく、自分の歌の世界を作れる人ですね。それはすごく大事なことだと思います。あ、もちろん実際の彼女の気持ちはわからないですよ。もしかして、すごく気にしているのかもしれないし(笑)。
――確かに、それは本人にしか分からないですね(笑)。
武部聡志:でも、とても堂々として見えますね。
――武部さんは城南海と演奏するときは、どのようなスタイルになりますか?
武部聡志:あまり主張しない感じですね。たとえば他のアーティストさんで僕がピアノを担当して2人でやるときは、バトルのようになるときもあります。でも城さんの場合は、こちらがなにか仕掛けていって、それに反応して歌うのではなくて、彼女が歌っていく世界をサポートしていく感じです。
――「兆し」が完成して、どんな作品になったと思われますか?
武部聡志:曲は作っているときに想像しているよりも、声がのるとまた別物になったりするじゃないですか。詞ができて別物になり、声がのって別物になって、どんどん変わっていきますから。僕が仕事部屋の片隅で作ったものが、考えていた以上のものになると、やはりすごくうれしいです。そういった意味で、今回は想像以上のものになったと思いますね。一青が歌詞をつけた段階で、普遍性みたいなものが出てきて、それで城さんがわれわれのやり取りを見て、その刺激を受けながら 歌ったということで、すごく芯の強い歌になった。いわゆる、一瞬だけ受け入れられるようなヒットチューンや歌謡曲とは違う楽曲で。もちろん最初からそういうものを作りたかったので、一応狙いどおりではあるけれど、狙い以上にもなったということですね。
――武部さんからご覧になって、今の城南海に伝えたいことはありますか?
武部聡志:シンガーソングライターとヴォーカリストってすごく違うと思うんですよ。シンガーソングライターは、つねに自分が作るものと向き合っていかなきゃいけない。だけど城さんの場合は、どんな人の歌でも歌えるというフリーなスタイルがあるから、いわゆるJ-POPと呼ばれるAメロがあって、Bメロがあって、サビがあって、大サビがあってみたいな音楽じゃなくても、説得力のある歌が歌えると思うんですよね。たとえばファーストアルバム『加那-イトシキヒトヨ-』に収録されている「紅」のように、アイルランド民謡に歌詞をつけて歌うというようなこともできるわけですし、Aメロの8小節が10回繰り返されておしまい、といった曲でもいいかもしれない。今のJ-POPのフォーマットに乗らない音楽を目指していってほしいです。音楽って、世界中にいろいろあるじゃないですか。そして、音楽はもっと自由でいいはず。だから自分のバックボーンを踏まえたうえで、城さんにしか唄えない歌の世界を確立していってほしいです。そのお手伝いを僕らができたら、それに越したことはないですね。この「兆し」が、城さんの世界を探すスタートの曲に なってくれればいいな、と思います。
武部聡志(たけべ・さとし)
1957年2月12日生まれ。東京都出身。大学在学中よりキーボーディスト・アレンジャーとして数多くのアーティストを手掛ける。1983年より松任谷由実コンサートツアーの音楽監督を担当。1990年より本格的にプロデューサーとしての活動を始め、一青窈、今井美樹、ゆず、平井堅、JUJUのプロデュース、CX系ドラマ「BEACH BOYS」、「西遊記」etc.の音楽担当、CX系「僕らの音楽~OUR MUSIC~」「FNS歌謡祭」の音楽監督、スタジオジブリ作品「コクリコ坂から」の音楽担当等、多岐にわたり活躍している。
「兆し」
2011年9月7日(水)発売
PCCA-03462 ¥1,200[tax in]
1.兆し(きざし)
2.ずっとずっと[ACジャパン「国境なき医師団」支援キャンペーンCMソング]
3.十六夜(いざよい)[舞台「秘祭(ひさい)」(原作/石原慎太郎 主演/川島なお美)主題歌]
4.兆し(カラオケ)
5.ずっとずっと(カラオケ)
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