矢沢永吉、「もっとがんがんやっていこうと思ったよ」
6月11日、大阪北区FM802にて番組「RADIO∞INFINITY」に矢沢永吉が登場、その公開収録が開催された。
◆矢沢永吉画像
緊張気味のリスナーとDJ飯室大吾が迎える中、矢沢永吉が登場。静かなるオーラと見ている側の極度の緊張のせいか、意外にも静かに収録は始まった。
2009年のアルバム『ROCK'N'ROLL』が4年のスパンを開けてリリースされた作品だったが2010年6月9日にリリースされたニューアルバム『TWIST』は、前作からわずか10ヵ月という短いスパンでの登場となった。「一体どのへんでリスナーは聴きたいのか?」…自分とオーディエンスとの温度差を探る中、たどり着いた答がアルバム『ROCK'N'ROLL』であり、直球勝負となったロックアルバムに対し「はっきりとセールスの結果に繋がった嬉しさと、やっぱりそうだよねという実感があったね」と矢沢は語った。
「もうね、2009年紅白に出て、歌詞まちがったけど、まあ、そのあともうすぐにずっとスタジオこもりっぱなしだったよ。その熱が上がっているうちに、間髪いれずに作りたいと思った結果かな。」
2009年に還暦を迎え、意識の変化もあったという。「このまま静かになるよりも、歌つくれる、武道館や大阪城ホールでライブやれる、よっしャ、手に職がある。もっとがんがんやっていこうと思ったよ。」
ここ数年で夏フェスに出演、渋谷陽一に説得されたことを思い出し「本物って言葉に弱いんだよね」と明かした。また、小林武史から<ap bank>の出演交渉をされた時も、初対面で偶然出会ったプールでお互い海パンだったことも披露。思わず会場からは笑いが起こった。
また、「音楽をやっていなかったら何をしていたか?」というリスナーからの質問に、矢沢は「高校のはじめのころは、板金工場をやればいいかなと思ってて。自動車が上り調子だったからね。まあ、そのあとザ・ビートルズに出会ってもうぶっとんじゃったけどね」と初期衝動のエピソードに触れた。
さらにロックスターになるということだけで、高校卒業後に横浜にいき、ロックといえばアメリカ、アメリカといえば米軍基地か…と横須賀にまでいったという。
イベント最後には、リスナーに向けて「けっこうはじけたアルバムができました。どこかの会場で会えたらいいなと思います。サンキュー」とメッセージを残し颯爽と会場を後にした。圧倒的なオーラに、立ち去った後も息を飲むような空間が残った。
この模様は、6月25日(金)の「RADIO∞INFINITY」(毎週金曜日21:00~24:00)で、一部オンエアされる。
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