三寒志恩ムック初春の宴(5)デトロイト編その伍

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「デトロイト! デトロイト!」
「デトロイト・ロック・シティ!」
「アー・ユー・レディ?」

3月8日、午後6時。ムックのステージは達瑯のそんなMCで幕を開けた。ぶっちゃけ、洒落たことを言っても何も始まらないし、気のきいたことを言おうとして長文を用意しながら暗記できずに終わるよりも、自分なりの言い方で気持ちを伝えたほうがずっと有効だ。その点、このシンプルでベタな扇動は有効だった。少なくとも「おい、デトロイトはロック・シティじゃなかったのか? 盛り上がりにイマイチ欠けるようだけど、もう1曲だけチャンスをやろう」と口走って観衆に反感の押し売りをしてしまったIDIOT PILOTよりずっと優秀と言っていいだろう。

▲フロアの人口密度も、セキュリティの数も半端じゃありません。
▲「YUKKE、デトロイトの観衆を扇動する」の図。ピンボケですみません。
▲館内某所で見つけた業務用ポップコーンと綿菓子の山。周辺一帯がバター臭かった。
オープニング・チューンは「蘭鋳」。早くもフロア前方には、やや小さめではあるけどもモッシュ・ピットめいた輪ができあがる。が、ここでさっそく問題勃発。マイクのトラブルなのか、達瑯のヴォーカルがまるで聴こえないのだ。曲が中盤に差し掛かる頃にはそれも解消されたが、いい雰囲気の滑り出しだっただけに、とても勿体ない気がした。しかし、この種の多数参加型パッケージ・ツアーでは、サウンドチェックなどできないのが当たり前。こうしたトラブルは、つきものだったりもするのだ。ツアー開幕の前日に全体のリハーサルは行なわれているものの、日々のライヴでは一番手のローカル・バンドだろうと、ヘッドライナーのアヴェンジド・セヴンフォールドだろうと平等に“ぶっつけ本番”が当然。そこで特別待遇を求めるのは“権利の主張”ではなく“身の程知らずなワガママ”でしかない。そこでバンドに求められるのは、多少のことでは動じないタフさと、与えられた環境下でベストを尽くすこと。ムックの4人は、誰に教えられるまでもなく、そのことをよく知っている。

また、トラブル勃発はつきものではあるが、問題が解消されるスピードの速さにも特筆すべきものがある。とにかくクルーが、1人残らずプロフェッショナルなのだ。逆の言い方をすれば、致命的なミスを犯して解消できなかったりすれば、明日にはクビになっていてもおかしくないような緊張感のなかで各自が持ち場についているということだろう。ついでに言えば、それは出演者にとっても同様であるべきこと。実際、ツアーの途中で出演順が変わるなんてことも、なくはないのだ。

話が横道に逸れたが、「蘭鋳」の途中で音響的な問題が解決されてからの流れは、とても円滑だった。こちらのファンは基本的に速くてアグレッシヴな曲を好む傾向もあるようだが、暴れにくい曲は受け入れられないというわけでは決してなく、たとえば「ファズ」のコーラスに同調する観客の姿も目立っていたし、最終曲、「リブラ」の大きなうねりにもオーディエンスは心地良さそうに身体を揺らしていた。そして、その余韻のなかで、たった30分のムックのステージは終了した。

その直後、少々興奮気味のメタル少年的現地ファンに声をかけてみると、「このバンドはリフがクールで俺好みだ。特に2曲目とか、真ん中へんでやった曲」との答えが。ちなみに2曲目に演奏されたのは「梟の揺り篭」。“真ん中へん”という言葉が指しているのは、おそらくその次に演奏された「志恩」のことだろう。

同じ頃、ムックの面々は全員で楽器の片付けを済ませ、楽屋で身支度を整えつつ待機。今日の仕事はまだ終わっていない。7時半からは場内特設ブースでのサイン会が待っているのだ。

増田勇一
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