より子「忘れられた桜の木」特集 バイオグラフィ&CDレヴュー

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より子のライヴを初めて観たのは2004年9月22日、表参道FABで行なわれたイベントだったのだが、そのときのことはいまもハッキリ覚えている。彼女自身のピアノとギターによるシンプルな伴奏を従えた“歌”は、まさに圧巻だった。突き刺さる、包み込む、染み込む……どんな言葉をもっても説明できない歌。そして、涙を流しながら、立ちつくしたまま彼女の歌声に耳を傾ける観客。その日のライヴは、“自分の気持ちを伝えたい”という意志そのものだった。また、耳に届いた瞬間、さまざまな“絵”が浮かび上がってくる、立体的な美しさを備えたメロディもひどく印象的だった。

ここで彼女の生い立ちを紹介しておこう。すでに多くの場所でアナウンスされている通り、'84年に宇都宮に生まれた彼女は、小児ガンのため、幼い時期のほとんどを病院で過ごした(このエピソードは、松浦亜弥の主演でドラマ化された)。病院のロビーにあったオルガンに触れたのをきっかけに独学でピアノを学び、そこから彼女のキャリアが始まるわけだが、彼女が音楽に強く惹かれた理由の中には、“これで、自分のことを伝えられる”という意志(それが無意識のうちに生まれたものだったとしても)があったはずだ。人間は、いつどうなるかわからない。だから、できるだけ強い方法で自分が生きた痕跡を残しておきたい。そんな切実な動機に裏付けられた彼女の歌は、だからこそ、聴く人の心を強く捉えるのだと思う。

今年1月に発表されたメジャー・デビュー・アルバム『Cocoon』を聴き返してみても、僕は「この人は、歌わないとダメになるだろうな」という感想をどうしても抱いてしまう。アタックの強いピアノに、聴く者の自己反省と奮起を促す攻撃的な歌詞を乗せた「それでいいのですか?」。自分の道に悩む友達(または自分自身)に対し“そのままでいいんだよ”というメッセージを伝える「親愛なる絵描きさんへ」。激変する環境についていけず、歌を歌えなくなってしまった時期を越え、再び音楽に向かうまでの心の軌跡を映し出した「Break the Cocoon」。このアルバムに収められた楽曲はすべて、より子自身が濃密に描き込まれている。どんなに苦しくても、しっかりと自分に向き合い、そこから得た曲想を美しく洗練さらたメロディと言葉に置き換えていく。これほど真っ当な表現には、そんなに出会えるものではない。

2005年3月30日にリリースされる、より子のニュー・アイテム「忘れられた桜の木」は、『Cocoon』からの1stシングル。震えるような切なさをたたえたバイオリンとピアノを背景に流れていくメロディが聴く者の心にそっと寄り添う、どこまでも繊細なバラード・ナンバーだ。


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