【インタビュー】紫 今、ジャンルを超える変幻自在な表現力の源泉とは

2025.06.10 22:00

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世界に向けて活動を広げるアーティストから、最新の音楽事情を伝える専門家の登場まで、今の日本の音楽シーンを様々な切り口から紐解いていく音楽ラジオ番組interfm「TOKYO MUSIC RADAR」、今回のゲストは、紫 今だ。

作詞・作曲・歌唱を行うシンガーソングライターのみならず、編曲から映像編集、イラストレーションまでを自分で手掛ける才能あふれるマルチクリエイターでもあり、パワフルでグルーブする歌から囁くようなハスキーで繊細な歌声、ホイッスルボイスやハイトーンボイスをも歌いこなす歌唱力を誇るアーティストだ。

そんな紫 今の才能が湧き出る源泉はどこにあるのか、お話の相手を務めるパーソナリティは、これまでも様々なゲストとアーティスト・トークを重ね続けてきたNagie Laneのmikakoだ。

──(mikako)初めまして。なんとお呼びすれば良いですか?皆さんからなんて呼ばれているんでしょう。

紫 今:今ちゃんでお願いします(笑)。

──(mikako)ありがとうございます。今ちゃん(笑)の音楽ルーツを知りたいんですが、幼少期に聴いていた音楽ってどういった音楽だったんですか?

紫 今:母がゴスペルを、父がジャンベっていうアフリカの太鼓をストリートミュージシャンでやってて、2人ともアフリカの音楽がすごく好きで、バンドみたいに父がジャンベ叩いて母が歌って生演奏みたいなことをやっていたんです。そんな環境だったので、ソウルとかジャズ、R&Bとかも両親は好きだったので、ブラックミュージック全般をよく聴いて育ちました。

──(mikako)そうなんですね。今ちゃんの楽曲を聴いていろんなルーツを感じたので、何がどうなってこんな楽曲たちが生まれてるんだろうって思っていました。音楽活動自体はいつ頃から?

紫 今:ちっちゃい頃から地元のお祭りのステージで歌うみたいなことはやっていました。紫 今という名前で活動を始めたのはコロナ禍ぐらいですね。2023年ぐらいに最初の曲をリリースして。それまでは弾き語りとかカバー動画をあげたりっていう感じでした。

──(mikako)歌うことが好きだったんですね。ギターを手に取ったきっかけは?

紫 今:ちっちゃい頃から歌の活動をしたいとは思ってて、でも何か楽器が弾けないと動画投稿するにも難しいと思ったときに、ピアノよりギターの方がハードルが低かったので。弾き語り女子ブームとかもありましたから。

──(mikako)YUIさんとかmiwaさんとか。

紫 今:そうです。あいみょんさんとか。あの時期どんぴしゃに中高生ぐらいだったのでアコギっていう感じです。

──(mikako)その後、動画投稿などを見るとピアノだったりDTMとかも。

紫 今:それこそコロナ禍に、紫 今っていう名前でやり始めたぐらいにDTMも初めて触って、そこからぶわっと幅が広がった感じです。

──(mikako)パソコンと向き合う難しさはありました?

紫 今:DTMのソフトって英語が多いじゃないですか。英語も読めないしパソコンの使い方もよくわかんなくって、「マイクの右だけ聞こえない」とかでブチギレてイライラしながら「もうわけわかんない」って。ボロボロのパソコンを使ってたんで、パソコンと向き合うことがもうほんとに大変。

──(mikako)でも、そこから曲がどんどんできていく。

紫 今:私は曲を作りたいというよりも「歌いたい」「歌手になりたい」っていうところから始まっているんです。ミュージカルとかもすごく好きだし、イメージ的に言ったら「ボカロPになりたい」とかより「歌い手になりたい」っていう気持ちが強くて始めた感じなんです。

紫 今、mikako(Nagie Lane)

──(mikako)歌手になりたいと思ったきっかけの存在…影響を受けたアーティストって?

紫 今:いろんな方がいるんですけど、歌唱の面ですごく影響を受けてるのは玉置浩二さん。母がすごく好きで、コンサートとかも連れて行ってもらったりとかしていたので。私の中で、歌の手本・見本っていうか「これが歌声のあるべき姿だ」っていうのが玉置浩二さんで、ライブの歌声に関してはそこを目指して頑張っている感じです。生歌はほんとにそうですね。

──(mikako)今ちゃんの音楽を聴いていると、いろんな歌唱スタイルがあってジャンルが幅広く変幻自在なので、玉置浩二さんの名前が最初に出るのは意外かも。

紫 今:レコーディングの時に使う歌唱力とライブの時に使う歌唱力って全く違うと思うんです。ライブの方がもう120%玉置浩二さん。レコーディングの方は名前を挙げるのも大変なぐらいいろんな人の影響を受けてます。逆に玉置浩二さんをリスペクトした歌声をレコーディングで反映させている曲って結構少なくて、今回書き下ろした「革命讃歌」とか「最愛」くらい。言霊が大事な曲はそうですね。

──(mikako)お母さんがゴスペルを歌っている姿を見て、「私も歌いたい」と思ったんでしょうか。

紫 今:そうですね、その時から一緒に歌ってました。

──(mikako)ゴスペルだなんて、魂が震える楽曲ばかりでステキですよね。

紫 今:大好きです。どんどん転調していくんですよね。

──(mikako)身体も上がっていくみたいな、あれがいいんですよね。そんな今ちゃんですが、すべての曲の作詞、作曲、編曲、歌唱を全部ご自身で行っていますけど、1番最初は何から始まるんですか?曲作りは弾き語りとか?

紫 今:曲によって始まり方は違って、例えば「凡人様」だとビートから先に作ったりとか。

──(mikako)こういうビートの曲を作りたい、と?

紫 今:そうです。ビートを作ってコードを打ち込んで歌詞は別で作って、その歌詞を見ながらトラックに当てはめていく。メロディと譜割りを当てはめるラップみたいなこともあれば、バラードなどはメロディと歌詞が命なのでギター弾き語りで作って、後から編曲したり。曲によってそれぞれです。

──(mikako)先に歌いたいこと、表現したいことがあるんですね。

紫 今:基本的に全部の曲がそうです。私、歌詞は別で保存してあるんです。

──(mikako)いわゆるストックというか貯めてある?

紫 今:そうですね。だから「凡人様」というタイトルと歌詞があって、それに命を吹き込むことが、私の中で曲にするっていうことみたいな順序があるんです。その歌詞に対して「こういう曲にしよう」と歌詞と曲を組み合わせるパターンもあれば、もちろん歌詞から曲を作るパターンもあって、歌詞の時点で伝えたいことは成立しているみたいな感じなんです。

──(mikako)編曲も自身でされますから、デモの段階である程度作り上げちゃったりするんですか?

紫 今:それこそアレンジが命の曲もあれば、アレンジはそこまで細かくせずにバーンってバンドで録音する曲とかもあったりします。例えば「魔性の女A」だと編曲が曲の肝になっちゃっていて、各国を渡り歩く・時代を渡り歩く「魔性の女A」という生き物を音楽で表すとなったら、AメロとBメロでは全く違う音楽ジャンルというか国を表したいので、デモの段階ではなく最初から完成させにいく作り方をします。「正面」「青春の晩餐」というバンドサウンド系の曲は、ある程度自分でジャカジャカ弾いて、ドラム打ち込んでベースラインをある程度やって、それを元にバンドで弾いてもらって、「いや、でもここはもうちょっとこういうベースの音がいい」とか「ここはこういうピアノが良くて…」とか、細かく調整していくみたいな作り方の曲も結構あります。

──(mikako)「ボカロPになりたい」ではなく「歌い手になりたい」という精神性なのに、ここまで脳内の世界観をひとりで作り上げられるのが本当にすごい。今まで本当にいろんな楽曲を聴いてきたんでしょうね。

紫 今:はい、ほんとに(笑)。小さい頃に聴いていた曲というとブラックミュージック系なんですけど、親の世代で、忌野清志郎さんとかリンドバーグさんとか小室哲哉さん関連のあの頃のJ-POPもすごく聴いていました。シティポップにもハマったり、もともとボカロ世代だし、K-POPだったりアニソンだったり演歌とかも。

──(mikako)いろんな音楽に興味を持ったのは、成長していく段階で自然と?

紫 今:自然とですね。音楽の授業でショパンとかに惹かれて、ネットが使えるようになる年齢になると、すぐ家に帰ってYouTubeで調べてもう1回聴く…って広がっていった感じ。

──(mikako)歌唱に関してはいかがですか?「変幻自在、先変万化するカメレオンボイス」と言われますが、自分の強みを曲に活かすことはどう意識していますか?

紫 今:今の時代、カメレオンボイス自体はたくさんいると思うんです。器用な表現ができる方。究極を言っちゃえば、声優さんって、もうすごいじゃないですか。

──(mikako)そうですね。声色の使い分けのプロですね。

紫 今:そうそう。でも私のカメレオンボイスって、ちょっと種類が違ってそこが強みだなって思っているんです。例えばボーカロイドとかブラックミュージックって、一番かけ離れた場所にあるものですよね。ボカロのような歌い方って、無機質というかいかに生々しくなく歌うかで、リズムもオンテンポですよね。ブラックミュージックは、いかにグルービーに、いかに生々しい表現をするかっていうところですけど、そのリズムの取り方とか歌い方は、どっちも幼い頃から毎日聴いて毎日歌ってきたような環境で育ってこないとできないものだと思っているんです。今っていろんな音楽がすぐ聴けて、いろんなジャンルをすぐ取り入れることができますけど、コード進行とかは真似できても、歌声の解像度というかクオリティみたいなものって、それに触れながら育ってきていないと難しいと思っていて。

──(mikako)そう思います。

紫 今:例えば、英語の文法は理解できて喋れても、いきなりネイティブの英語って喋れないじゃないですか。私は多分ブラックミュージックの歌声がネイティブだし、ボカロ・ネイティブだし、アニソン・ネイティブだし、K-POPネイティブなんです。そこのネイティブさは負けないぞっていうのはありますよね。だから、ボカロでもブラックミュージックでも、聴いたときに「これは真似事で、その文化で育ってない…ネイティブじゃないな」ってわかるんです。逆に私は、あまり専門にしてないところはやらないようにしていたりもしますよね。

──(mikako)なるほど。

紫 今:私の解像度が高くない部分…逆にラップとかは、オリジナルラップでやって開き直っています。そこの分野に詳しくないしラップネイティブじゃないんで、うまいラップ、かっこいいラップ、ダサいラップ、うまくないラップっていうのが、あんまりわからなくって。だから、ゴリゴリのラップのビートにゴリゴリのラップみたいなことを私がやっちゃうと、本物の詳しい人たちから聞いたら、多分微妙な感じになっちゃうんじゃないかなって思うんですよね。クオリティが保証できないっていうのが分かっているからこそ、思いっきりJ-POPの曲調に乗せたラップとか、ラップなのか歌なのかラップっぽい歌だなぐらいの、これは「紫 今ラップです」っていう風に開き直れる形でしかやらないようにしています。

──(mikako)すごい。ステキですね。そういった知見のもとで、それを出す練習というか、いわゆるボーカルトレーニングとかは昔からやっていたりしたんですか?

紫 今:小中学生の時はボイトレをやっていた時期もありました。基礎はそこで身についたんですけど、細かいそのネイティブニュアンスというか、主に洋楽の質感みたいなものは母がめちゃめちゃ厳しくて、「グループが違う」とか「本物はそうじゃない」「声の出し方違う」「それはエセだよ」「またエセになってる。エセになるぐらいだったら、洋楽歌うな」って言われてきたので、私も厳しい目線で他の人を見ている部分もあるし、自分に対して何より厳しくいるっていうのはありますね。

──(mikako)そんな先生がいたんですね。歌詞という点では、言葉のルーツはどこから来ているんですか?

紫 今:私、歌詞の良し悪しって、昔からあんまりピンと来てなくて。唯一影響受けている方がいるとしたら、ピノキオピーさんというボカロPの方がいて「神っぽいな」っていう曲があるんですけど、小学生でもわかる言葉を使って世にないすごく面白い表現をするんですよ。例えば「愛のネタバレ 別れっぽいな」とか。全部わかる言葉で「あ、確かに」みたいな。その面白い表現にすごく衝撃を受けました。私の歌詞って、「すごく詩的で文学的な歌詞の曲」と「言葉遊びが面白い曲」の2パターンなんですけど、言葉遊びが面白い方に関しては、ほんとにピノキオピーさんの影響が大きいと思います。

──(mikako)ストーリーテリング的な文学的な言葉は?

紫 今:そこは誰かに影響を受けたとかでもなく、元々そっちから楽曲作りが始まったんです。「ゴールデンタイム」っていう曲を書いたのがきっかけで、面白い言葉遊び方面が開花し、道が開けたっていう感じですね。

──(mikako)書いてて楽しそうですね。

紫 今:楽しいですよね。そもそもそっち路線の曲って、ラップ調だったり韻踏んでたり、ビートとかが独特な曲も多いので、楽しみながらポンポンポンポンっていろんな言葉を出して、「あ、すごい面白い表現きた」ってアドレナリンみたいな感じになる。逆に詩的な方は、日本語の美しさみたいなものを重要視して曲自体も美しい曲が多いので、美しさに惹かれながらちょっと酔いながら作る、みたいな、どっちも違った気持ちよさがありますね。

──(mikako)自分の作品作りも俯瞰で見て分析できる強さを感じます。

紫 今:確かにいろんなことを分析してるし、「紫 今として、次はこういう曲を出そう」という物語みたいなものも意識したりしてるんですけど、そもそも曲作りを始めた動機は、今もそうなんですけど、自分が聴きたいものが世の中にないから自分で作っちゃおうっていうところなんです。そこからDTMが始まったので、最初に作った「エーミール」って曲もK-POPやボカロのいろんな要素が混じってて、そういう曲が世の中になかったから作った曲なんです。今作ってる全ての曲もそうで、だから「凡人様」とか「合法パンチ」みたいな言葉遊びが面白くてビートが良い曲を聴きたいから作っちゃおう、「酔い夏」とか「最愛」みたいな美しくて素敵な歌詞で人の心を指すような曲も聴きたいから作っちゃおうとか、気付いたらこうなっていっちゃってたみたいな感じなんです。

──(mikako)曲作りの発端というか1番最初の一滴は、何を歌いたいか、何を出していきたいかっていうところ?

紫 今:そうですね。何を聴きたいか、みたいな。だから、その聴きたいっていう目線が雑食すぎて何でも好きで幅広すぎるから、なんにでもになっちゃってるみたいな。なんか逆に「これでいいのかな」ってふと我に返る瞬間とかもありますし「これ大丈夫かな」って思ったり。商売目線で言うと、アーティストとしてジャンルを絞って刺さる層にアプローチしていくことが正しいやり方だと思うんですけど、その逆をやっているから、いわゆる方向性が定まってないっていう意見もきっとありますよね。ただ、『eMulsion』というアルバムで「乳化」という油と水が混ざったというコンセプトを掲げたことで、「これが紫 今なんだ」っていう新しいNEW J-POPを自信を持って提示しよう、「これが紫 今ポップスです」っていう風に開き直ろうって思えました。これだけ曲出してきてようやく色が固まってきたなって思いますね。

──(mikako)「魔性の女A」の国内外を巻き込んでのバイラルヒットに関しては、どう捉えていますか?

紫 今:いや、ここまで海外の方に反応いただけるとは思ってなかったので、すごくびっくりしてますね。

──(mikako)何がきっかけで海外に広まったのか、分析していたりします?

紫 今:SNSでK-POPアイドルの方とか海外のインフルエンサーさんとかがこの曲を使って踊ってくれたのがきっかけなのかなとも思いつつ、インスタとかYouTubeショートでも広まっていたので、この曲自体が英語とか韓国語とかの韻の踏み方をすごく意識した曲だったこともあるかもしれないです。「イロッケ」っていう韓国語を日本語の「色気」とかけたり、韓国語の気持ちよさや英語の気持ちよさをすごく意識したことで、海外の方にも刺さったのかなっていうのは思いますね。

──(mikako)曲を制作する時点で意識していたんですね。

紫 今:曲作り自体をSNSに向けるのは私的に違う気がしてて、どちらかというとSNSで引っかかったらいいなっていう仕掛けや隠し味みたいなものをいくつか散りばめるみたいな気持ちです。だから言葉の気持ちよさとかも、この隠し味が引っかかったらいいなみたいな気持ち。そういう意味ではSNSを意識して作った曲ですよね、この曲は特に。

──(mikako)言葉もそうですけど、私はトラックにも引っかかりました。1サビ終わった後、急にスクラッチからのファンキーな感じになって、ダブステップな感じと、「ダヴィンチ」って言っているところの後ろで、ベートーヴェンが入っていたり。

紫 今:あ、よく気付きましたね。そうです。ベートーヴェンとガリレオやダヴィンチって、近い時代の人たちなので、そこもズレないように。

──(mikako)曲にも歌詞にもいろんな仕掛けがあるなかで、ルッキズムに対する主張もあって、いろんな時代のメジャーシーンに入っていた楽曲ジャンルも埋め込まれていて、なんかもう鳥肌立っちゃった。

紫 今:「魔性の女っていうテーマで曲を作りたいな」って1年前ぐらいからずっと思ってて、「どんな曲にしよう」ってなった時に、「魔性の女A」という化け物がいろんな時代と世界を渡り歩くその生き様を通して、「これだけ場所/時代によって変化してきた美の基準に振り回されるのバカバカしくない?」っていうルッキズムへの新しい考え方・救いみたいなものを、特にルッキズムSNSに支配されて悩んでいる若い子たちに伝わればいいなって思って。

──(mikako)そうなんですね。

紫 今:そういう点では「SNSで広まったらいいな」っていう気持ちも持ちつつ、サビを作ってからは、SNSで広まる可能性があるのであれば、「フルで聴いてみたらとんでもなかった」みたいなことをしたいなって思って。サビを聴いてみんなが想像した通りのものを「はい、どうぞ。これ想像してたでしょ。いい曲でしょ」ってやるのもいいけど、それは紫 今じゃないなって。そこはバズみたいなものを利用して、アフリカのジャンベっぽい音とかクラシックだったりファンクだったり、若い子たちにあまり馴染みのない音楽だけど私にはすごくルーツで愛している音楽を、気付かないうちに聴いて触れているみたいな状況を作り出したくて、この曲を作ったんです。でも、曲の作り方で言うと、実は頭の中でミュージック・ビデオを最初に考えていたんですよ。

──(mikako)ミュージック・ビデオ?

紫 今:はい、「魔性の女A」っていう化け物が色々変身していく、渡り歩いていくっていう中で、例えば江戸時代の日本から始まって最後は令和の日本に戻ってくるんですけど、江戸時代より前の時代の海外のものをその後に使うと時系列がおかしくなっちゃうので、この音楽ジャンルはこの時代のこの国のものっていうのを調べたうえで構成したんです。アメリカのファンクはこの時代だから、後ろの方のここに持ってこなきゃいけないなとか、韓国のK-POPぽいサウンドを入れたいけど、それはここの後だなとか。

──(mikako)凄すぎる。なるほど、だからジャンルが変わるごとに歌い方も変わってるんですね。

紫 今:はい、変えてますね。

──(mikako)今の子達が楽曲をフルで聴いた時、「私、この曲のこの部分好きだな」っていうところからそういった音楽をもっと知っていくことにもつながるでしょうね。そういう使命のような未来図も描いていたりするんですか?

紫 今:確かに、それが使命なのかもってどっかで言ったような気もします。

──(mikako)自分も高校でK-POPもにどハマりしたんですけど、R&Bをサンプリングしていたり、R&Bの流れを汲んでいたりしていたことが今になってわかって、「だから私はR&Bが好きなんだ」みたいなことに気付いたりする。そういう楽曲があったおかげで好きになっていけた部分もあったんですよね。今ちゃんの曲で、今の10代の子たちがまさにそういう体験をするんでしょうね。

紫 今:めちゃめちゃ嬉しいです。

──(mikako)3月12日に1stフルアルバム『eMulsion』がリリースされたわけですが、アルバムに向けて新しい楽曲を作る際に意識したことってありました?

紫 今:2点あって、1点目はライブをすごく意識したこと。ここ数年で私ライブをすごく頑張ってて、すごい成長をしていると思うんですけど、ライブを意識してないシングル曲がほぼなので、ライブでバーンってなりづらかったり、アレンジしないとライブで盛り上がりづらかったりとかするんです。もちろん時間をかけて何回も何回もそのライブで披露することで形になってきた曲もたくさんあるんですけど、私がライブで歌いたいものとか、ライブ経験を積んだからこそ、楽しそうなリズムや構成をお客さんの顔を想像しながら作った曲っていうのが新曲3曲のうち2曲でした、それが「青春の晩餐」と「革命讃歌」。

──(mikako)そのメッセージをすごく感じます。しかもパワフルにメロディーに乗っている楽曲だなって思いました。

紫 今:ライブの時の歌い方ってあんまりレコーディングでしないんですけど、その2曲に関してはライブとほぼ差がない。ライブでの歌声をそのままレコーディングでもしたような楽曲になっていますし、歌のパワーみたいなものが引き出されるようなメロディーとか歌声を意識しています。あと2点目で言うと、シングル曲たちは割と日常に寄り添うというか生々しさがない楽曲が多くて、例えば「メロイズム」は夢の中の空気感を意識してたり、「Server Down」も聴き心地の良さをすごく意識したコード進行で、そこはシングル曲で十分見せきってるので、新曲3曲はすごく生々しいというか、逆に言えば、日常的に聴くにはちょっとパワーが強いかなってぐらいのものになっています。特に「革命讃歌」と「最愛」は、私の生々しさの1番右と左の曲です。

──(mikako)そうですね。

紫 今:歌の表現力とか歌というものの真髄みたいなところって、深い深い心の繊細な表現みたいな、大地を感じさせる壮大さを感じさせるような表現力っていうもので、がなりができるとか高い声が出るとかいろんな声の使い分けができるとか、そういう声の技術じゃなくて、「人の感情の振れ幅をそのままの抽出度で表現できる」っていう方向の歌唱力ですよね。そういうのは今まで見せてきていなかったので、だから「最愛」では、レコーディングも電気も消して部屋もすごく冷たくして、歌詞も特に難しいこと言わずに、ほんとストレートに喋るような。だからちょっと演技に似てるのかな。もしかしたらその人になってその言葉を吐くみたいな、表現力を出した曲。「革命讃歌」がその逆で、私自身っていう人間の殻を破って覚醒状態みたいな、多分無敵状態みたいな時の溢れ出るパワーみたいな…言語化するのが難しいんですけど、そういうものを思いっきり引き出した曲になっています。今まで出してこなかった武器みたいなものを出すための新曲ですね。

──(mikako)そしてその後4月30日には、新曲「ウワサのあの子」がリリースされて、これもまたちょっと言葉遊びもあって。

紫 今:この曲は、青春の恋心をテーマにしたメンヘラソングです。「NEW鬱ソング」をずっと作りたくて。私、青春をテーマにした楽曲とか作品とか映画がすごく好きで、その質感をそのまま曲にしたみたいなものを念願で作った曲なんですよ。

──(mikako)メンヘラソングなんですね。今ちゃんの可愛い声の部分がめちゃくちゃ出てますけど。

紫 今:そうですね、すごく明るいところからどんどん闇落ちしていく。で早々にロックに駆られて焦って焦って、わーってなって、もうどんなんでもいいや…で終わるんですよ。それってまさに青春の恋心そのものというか、「不安定さ」と「もろさ」「儚さ」「危うさ」そして「苦しさ」「苦さ」みたいな。で、ちょっと「色気」、「ドキドキ感」みたいな。そういうものをとにかく音で表したくて、歌詞でももちろん表しているんですけど、音で表そうってなった時に歌声はキモだなと思って。最初は可愛く始まるっていうのも、最初はカワイ子ぶるじゃないですか。恋の始まりでキラキラしてて可愛いんです。青春って爽やかだし。だけど、どんどんそうじゃなくなっていってしまう青春の恋心の喜怒哀楽を経て、ちょっと大人になっていくセクシーさみたいなのもあると思って、2番ぐらいからちょっと大人っぽい声色に変わっています。でも荒々しさみたいなものもあると思うんですよ。荒削りさみたいな、暴走していっちゃう狂気みたいなものって、そのセクシーさと暗さと激しさの両方必要だと思ったので、2番ぐらいからはピアノが急にセクシーに暗くはかなく切なくなるんだけど、その後で、バーっとロックになることで2種類の暴走を表現したくて。

──(mikako)急にロックな感じで暴走するのも若さの速さですよね。

紫 今:実を言うと、アルバム『eMulsion』に、もう1曲ちょっとセクシーさがあるようなR&Bとかピアノの洗練されたサウンドの曲を入れたかったんですけど、間に合わなくって。だから「ウワサのあの子」の2番以降のサウンドは、その要素がすごい盛り込まれてたりもして、アルバムへの未練みたいなのを、ここで晴らしたみたいなところもあるんです。「学級日誌」のAメロとかも近いんですけど、ジャズ~R&Bのちょっと静かでセクシーで洗練されてておしゃれみたいな、儚ないテイストを入れた曲で、今後もそこを強く出した曲とかも出していきたいなって、ちょっと思ってます。

──(mikako)今後の紫 今としての展望は何かありますか?

紫 今:『eMulsion』っていうアルバムの新曲で「紫 今っていう人物自体の心の内みたいなものをごまかさずに出す」っていう意味で、殻を破ったきっかけになったアルバムなんです。だけど、まだ足りないと思ってるし、まだ見せてない紫 今があるし、人生に対する哲学みたいなものを綴った曲ってあまりないんです。多分それは、きっと多くの人に聴かれるような楽曲ではなくなるだろうし、SNSに投稿して多くの反応が得られるかって言ったらそうでもないと思うし、そういう曲を出すタイミングって実はすごく難しいと思っているんです。紫 今として面白いことした後に出すべきなんじゃないかとか色々考えた上で、出せずにいたというか後回しにしてきたんですね。

──(mikako)まだ今じゃないということ?

紫 今:このアルバムをスタートとして、紫 今の第2フェーズとして、そこを出していけたらなって思いますね。なんか「面白くない曲を出したいな」っていう。「面白くないことが面白い曲を出したいな」って思います。今までは「まっすぐに面白かった」んで、面白くない曲も出した上で面白い曲も出していきたいなっていうふうに思います。

インタビュー◎mikako(Nagie Lane)
文・編集◎烏丸哲也(BARKS)

1st FULL ALBUM『eMulsion』

2025年3月12日(水)
初回生産限定盤 6,800 円(税込) SRCL-13170-1
「学級日誌」購入者限定スペシャルスタジオライブ収録(Blu-ray)
・ライブ映像(※約30分) 酔い夏、無言電話、Not Queen、フラットライン、ゴールデンタイム、学級日誌
通常盤 3,500 円(税込) SRCL-13172
1.合法パンチ
2.魔性の女A
3.Server Down
4.凡人様
5.メロイズム
6.正面
7.Soap Flower
8.ギンモクセイ(日本テレビ系火曜プラチナイト・ドラマDEEP『どうか私より不幸でいて下さい』主題歌)
9.青春の晩餐
10.フラットライン
11.ゴールデンタイム
12.Not Queen(FM802 2023年12月度邦楽ヘビーローテーション)
13.最愛
14.学級日誌(TVアニメ『青の祓魔師 島根啓明結社篇』エンディング主題歌)
15.革命讃歌

「ウワサのあの子」

4月30日(水)配信

◆紫 今オフィシャルサイト