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92年、大分県出身の東祥吾(Vo)と山梨県出身の飯島基(G)が、それぞれ地元の高校を卒業後同じ専門学校に入学したことを期に出会う。しかし、お互いに意識はしながらも別々のバンドで活動を続けていた。そして2年後の春、偶然にも同時期に二人のバンドは解散した。

''94年春。東が始めたアコースティックでの弾き語りに飯島が参加。エレファント・モーニング・コールの前身となるアコースティック・デュオ「ストーン・アンド・シネマ」を結成し、フォーク系のライヴハウスを中心に活動を開始。アコースティック形態ではあったが、インパクトのあるパフォーマンスを展開。同年の秋、飯島のバイト先の同僚であり、ミュージシャンを目指しギタリストとしてバンド活動をしていた萩庭僚太郎(B)を勧誘。さらに、萩庭の高校時代の同級生、河西稔(Dr)を誘い、''94年11月、エレファント・モーニング・コールは結成された。

初ライヴは''94年12月、メンバー4人が住んでいる街、吉祥寺の曼陀羅にて行われた。以降、吉祥寺、下北沢、渋谷などでライヴ攻勢を続け、''98年8月30日に富士急ハイランド・コニファーフォレストで行われた1万人規模のイベント「THE ROCK OF FUJIKYU」にオープニング・アクトとして出演。翌年1月21日、1stマキシシングル“極北ランチ”でメジャーデビューを果たした。勢いと骨っぽさと哀愁をぶちまける、背筋の伸びた4人組である。