本能の赴くままに

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本能の赴くままに

作曲家であるだけでなく俳優やモデルもこなすRyuichi Sakamotoは、すでにアカデミー賞とグラミー賞を両方受賞。しかもコンサートで世界各地を飛びまわる身だが、意外なほど謙虚である。

彼は音楽を創るために生まれ、文字通り音楽を通じて生きてきた。音楽界のカメレオンといわれ、クラシックからポップ、映画サウンドトラック、さらに実験的なアンビエント音楽と、本能の赴くままに様々な音楽を手掛けている。
日本におけるテクノポップの先駆者Yellow Magic Orchestra に始まり、ソロとして世界的に知られた『Neo Geo』や『Beauty』、それに高い評価を得た映画『The Last Emperor』のサウンドトラックなど、1人のアーティストとして境界線に挑戦しつづけ、多面的な現代作曲家というコンセプトを根付かせてきた。

Sakamotoは慣例に逆らうことでも知られる。'98年の独立系映画『Love Is The Devil』のためにノンリニアのエレクトロニック音楽をレコーディングしたり、『Life』というシンプルなタイトルの、歌詞のないマルチメディア・オペラを指揮する姿勢にそれが表れている。傲慢なロックスターがなんでもないことを大袈裟に自慢し、ポップの大スターが些細なことを哲学ぶって話す中、才能あるSakamotoは何事も冷静に行ない、言葉を注意深く選んで語る。つまるところ、作品が彼の言葉なのである。

日本人のSakamotoは極めて多才で、最近も米国にてニューアルバム2枚をリリース。10年ぶりのソロプロジェクトとなるピアノ・アルバムの『BTTB』(Back To The Basic)、そして最近の日本でのツアーでレコーディングされたサウンドトラックの作品集『Cinemage』である。

'98年9月、メロウで過去を振り返る内容の『BTTB』の作曲とレコーディングに取り組んでいた期間、自分が何をすべきかを考えると怯まずにいられなかったという。
簡単なことではなかった。美しいピアノの曲はすでに数多くあり、20世紀の終りを目前にして、僕がクラシックのピアノ音楽を作曲する必然性はあるのか?ってね

もちろんある。1つには10年以上もソロアルバムをリリースしていないこと。そしてSakamotoにとって、3、4歳から始めたというピアノが最も身近な楽器であること。それにソロのピアノアルバムはキャリアの初期以来、出していない。機は熟していたのだ。

Sakamotoのこれまでのアルバムは、モダンテクノロジーを駆使して作曲したものだったが、
『BTTB』の曲は紙に書き下ろしたんだ」という。つまり昔ながらのやり方である。サンプラーやシンセを利用するのが嫌なわけではもちろんない。だが「『BTTB』の曲はそういう方法では出来えなかった
…とのこと。しかしアイディアをコンピュータにカタログ化して、良いモチーフやフレーズをあとから合成することは行なっている。

日本ではこのアルバムからすでに大ヒットシングル“Energy Flow”が生まれている。これは日本の製薬会社のCM用に書いたもので、Sakamoto自身は皮肉にも、そういう成功は期待していなかった。
癒しの音楽を書いて欲しいということだったが、僕はあいにく、そういうのは好きじゃない。いわゆるニューエイジミュージックというやつで、大嫌いなんだ。だから、僕は癒しの音楽は書かないと言っておいた」。
“Energy Flow”は繊細な曲で、'99年の日本では数少ないミリオンセラーとなっている。また日本のポップチャートのトップに輝いた初のソロピアノ曲でもある。作曲にあたって商業的成功を敢えて望まなかったSakamotoにしてみれば、皮肉な結果といえる。

『BTTB』は別にして、『Cinemage』にあるオーケストラの6曲は、すでに世界中の何百万人もの人々の耳に届いている。ただこのヴァージョンはアジアでの'97年の「f」ツアーでレコーディングされたものである。
Yutaka Sado指揮の70人編成オーケストラをバックに、ピアノがSakamoto。ゆっくりと高まってくるバラード“Forbidden Colours”は、David Sylvianの心地よいヴォーカルをフィーチャーしており、David Bowieと共演した '83年の映画『Merry Christmas, Mr. Lawrence』に使われた。熱狂から狂乱まで幅広い感情を表現した叙事詩“El Mer Mediterrani”は、大胆にも'92年のバルセロナ・オリンピックのオープニングテーマに書いたものである。これには実験的なプレイで知られるギタリストDavid Tornと、エレクトロニックの達人DJ Spookyを起用。『Cinemage』のもう2つのテーマは、著名な映画監督Bernardo Bertolucciの作品『The Last Emperor』と『Little Buddha』からである。

Sakamotoはこれまで様々なジャンルに挑戦してきた。'87年のアカデミー賞受賞映画『The Last Emperor』では俳優として演じだけでなく、サウンドトラックも共作し、アカデミー賞とグラミー賞を共に受賞。「あれは極めて難しかった」とSakamotoは語る。「40歳を過ぎてから、気分の切り替えが難しくなってきた。(異なるプロジェクトの間に)最近は1、2日かかる。以前は違うプロジェクトを2、3同時に手掛けていたのにね

Sakamotoの最近の活動の1つに、'99年9月に日本で行なわれたオペラ『Life』がある。「あれは大きな挑戦だった。歌詞のないオペラなんだ。内容は20世紀と生命の物語」と言うと、Sakamotoは楽しそうに笑い出した。あまりにさりげなく口にしたキザな言葉に自分で可笑しくなったのだ。
確かにこのオペラは素晴らしい。20世紀の自然や様々なシーンのヴィジュアルイメージと、サルマン・ラシュディやLaurie Anderson、Bertolucciなどの作品を組み合わせ、そこに意外にも、3大テナーの1人Jose Carrerasのヴォイスオーヴァーが入るのである。

Sakamotoは『Life』を指揮したので、観客の反応をある程度読み取ることができた。楽しんでいるようでしたかと尋ねると、
かなり戸惑っていたようだ。それがねらいさ」。
批評家の反応は?
賛否両論だった。なにしろ極めて変わったオペラだったからね。ストーリーもないし、歌詞もない。情報量が多すぎると言った人が多かった」。
それなら20世紀の終りにはぴったりといえそうだ。

最近どうやら有名ポップアーティストがクラシックに走るのが流行っているらしい。Billy JoelやPaul McCartney、Joe Jacksonもみんな、自分なりの「クラシック音楽」をリリース。ただSakamotoのようにクラシックの教育を受け、2つの世界を軽々と行き交う、すでに成功したアーティストに比べると、彼らの努力はわざとらしく思える。
しかしSakamotoは批判したりしない。
流行らしいけれど、その理由が分からない。人々の音楽を聴く耳が広がり、クラシックをポップとして聴いているのかもしれないね

とはいえ、クラシックも元はその時代のポップ音楽だったはずだ。
もちろんそうだ」とSakamotoは認める。
ただ現在のクラシックとポップはまったく別の音楽なんだ。でも、'80年代~'90年代に、人々の聴く耳が広がってきて、みんな両方楽しめるようになった。ジャンルなんてどうでもよくて、純粋に音楽を楽しんでいる。良い傾向だよ」。
しかしそれでも、世の中にはそれほど心の広くない人もいて、アーティストがフォーマットを変えるたびに理解できないと頭を振る。
そりゃ、タワーレコードの従業員は、僕は多様性がありすぎて困ると言うだろうけどね
というSakamotoの作品には、マルチジャンルの項目が必要となりそうだ。

そういう人々でさえ、常に進化しつづけるRyuichi Sakamotoの音楽の世界に触れたなら、その耳は広がることだろう。

by Bryan_Reesman

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