【インタビュー】テクノボーイズ・パルクラフト・グリーンファンド「『ウィッチクラフトワークス』という作品を大事にしていると同時に、テクノボーイズの音楽がこういう世界観なんだというのも出したかった」
2014年で結成20周年を迎える3人組、テクノボーイズことTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND(テクノボーイズ・パルクラフト・グリーンファンド)。TVアニメ『ウィッチクラフトワークス』エンディング・テーマ曲「ウィッチ☆アクティビティ」が話題となっている彼らのバンド結成の経緯から、「テクノ」へのこだわりまでをたっぷり聞かせてもらった。
◆テクノボーイズ・パルクラフト・グリーンファンド~拡大画像~
■誰もフルで呼んでくれないんでテクノボーイズでいいです
■バンド名は結構サラっと適当に決めましたね(笑)
――グループ名が長くて覚えられないんですが(笑)、テクノボーイズで良いですか?
松井洋平(Pro.Vo以下・松井):はい、誰もフルで呼んでくれないんでテクノボーイズで大丈夫です(笑)。
――わかりました(笑)。そもそもこの名前を名付けた理由はなんですか?
石川智久(key.Pro.Vo以下・石川):もともとは「テクノボーイズ」だけだったんですが、当時テクノというと4つ打ちを想像されていたんで、そのイメージをぼかすために、松井が以前組んでいた“パルクラフト”というバンド名と、あとは色をバンド名に付けると売れるらしいという話を聞きまして(笑)。だったら“グリーン”ならクリーンなイメージもあるし良いかな、と。
松井:エコ感があって良いんじゃないかと(笑)。“ファンド”はミュージック・ファンドをしたいなという気持ちがあって。結構サラっと、適当に決めました(笑)。
――みなさんが集まったきっかけは?
松井:僕と石川は高校の友人なんです。高1の音楽の時間に、先生に「好きな音楽何なん?」って聞かれ、TMネットワークと米米CLUBって答えたら、TMに反応したんで(笑)。
石川:ということは、機械が好きだな、シンセサイザーが好きだなって思ったんですよ。
――その時点で一緒に音楽をやろうという話になったんですか?
松井:その頃僕はシンセを買ってバンドを始めようと思ってたんです。その時に(石川から)「俺、今レコーディングしてんねん」って、リハスタにすら行ったことがないのに、いきなりレコーディング・スタジオに連れて行かれた。それでこいつが16トラックマルチで録音してて。どんな曲を作ってるのか聴いてみたら、マリンバで“タカタカタカタ~ン”みたいな、アンビエントな曲を作ってたんです(笑)。他にもトラディッショナルな和の曲に蛇皮線の音を入れてたりとか。僕が出会う前からそうだったんです。
――石川さんはどういう流れでそういう音楽を作っていたんですか?
石川:元々ピアノを習ってまして。クラシカルな音楽が日常的に家で鳴っていたんです。それでまだ松井君と出会う前に、現Skoop On Somebodyの、武田雅治さんとバンドをやってたんですよ。中学生の頃に武田さんに楽器屋でハントされまして(笑)。
――ハント!?楽器屋で声を掛けられたんですか?
石川:そうなんです。僕はクラシックでもドビュッシーとかが好きだったんで、押さえてるコードが多分彼にとっては変だったんですよね。それで「ちょっと一緒に音楽の話せえへん?」って言われて(笑)。家に連れて行かれて音楽の話をして、そのままバンドを始めたんです。
松井:だから初代Skoop On Somebodyのメンバーなんですよ。
石川:そうそう(笑)。
――みなさん大阪出身ということですが、当時大阪ではそういう音楽が流行っていたんでしょうか?
松井:いや、どちらかと言えば僕らはニッチだったと思います。
石川:大阪に国際楽器っていう凄く大きい店が街の中心部にあったんです。そこがミュージシャンの交流の場になっていて。僕はただ単に楽器が触りたくて。中学生にはシンセなんて買えないですから。当時は店員さんにもマニアックな人が多くて、仲良くなったりして。たぶん現在のプロデューサーもそうだったと思うんですけど。
松井:プロデューサーさんはリーダーのフジムラと中学の同級生なんですよ。
フジムラトヲル(リーダー.Ba以下・フジムラ):彼と僕は中学時代から友達なんですけど、高校で音楽を始めた時に彼がバンドをやっていて、ちょうどベースがいないって誘われたんです。僕もベースを始めて一年くらいだったんですけど。
石川:ベースを始めた理由がね、弦が6本あると弾きにくいから、という。
松井:初めて買った時に弦がギターより2本少ないから絶対楽だと思ったらしいんですよ(笑)。
フジムラ:楽だと思ったというのは語弊がありますよ(笑)。僕は中学までずっと野球少年だったんですが高校に野球部が無かったんで、なんとなく音楽でもやってみるかと思いまして(笑)。昔雑誌の後ろに楽器とか載ってたじゃないですか。それを見ておもむろに楽器屋に行行って。6弦と4弦と数が違う楽器があるんだけどこれはどっちがどうなのかなって。
松井:ギターかすらわかってなかったんだ(笑)?
フジムラ:で、店員さんに「4本の方がやりやすいんですか?」って聞いたら「ああ、やりやすいですよ」って(笑)。買えればなんでも良かったんです(笑)。弾き語りをしたくてコードを押さえたいんだけど一個しか押さえられないし。“ドーン”って鳴らして「これ、何が面白いんだろうな?」って(笑)。
一同:あははははは!
――それはフジムラさんが悪いと思います(笑)。
松井:うん、そう思う(笑)。
フジムラ:TMネットワークは僕も好きだったんですけど、シンセなんて何百万円もするものだと思っていたんで、そんな発想にはならなかったんですよ(笑)。それでベースを始めて、佐藤君にバンドに誘われて。そしたらこの2人がいたんです。
――プロデューサーの佐藤さんと石川さん、松井さんはどういう関係だったんですか?
松井:僕はYAMAHAポピュラー・ミュージックスクールで出会って、石川と佐藤は楽器屋で出会いました(笑)。
――また楽器屋で(笑)。色々入り組んでますね。
松井:簡単に言えば、中学の友人同士と高校の友人同士が音楽で合流したということです(笑)。で、そのバンドで初めてやった曲が坂本龍一さんの「G.T.」でした。
石川:もう、総スカンですよ、文化祭で(笑)。
松井:みんながBOOWY、X JAPANやユニコーンをやっている中で、坂本龍一さんの「Calling From Tokyo」とYMOの「東風(TONG POO)」をやって、文化祭の予選で見事に落選しました(笑)。
石川:僕はそれに業を煮やしてブルース・スプリングスティーンのコピバンで出ましたけど(笑)。
――オリジナル曲はどのように作り出したんでしょうか?
松井:最初からシンセで作ってました。YAMAHAのシンセV50で打ち込みして、書いた曲を佐藤君の家にみんなで集まってプログラムを組んで。
――そういうシンセ好きな仲間が周りにいたというのは運命的ですね。
松井:そうですね。当時いわゆるDTMをやっているのなんて周囲には皆無でしたから。
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