【BARKS編集部レビュー】老舗ハイブリッドカスタムIEM、Thousand Sound TS842の魅力

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今回紹介するのは、中国広州でカスタムIEMを制作しているThousand Sound(千音)というブランドのTS842なるモデル。なにはともあれスペックだけでちょっとワクワクするもので、どうしても音が聴きたい衝動が抑えられずIYHしてしまったものだ。そしてその音は、期待通りの…いやむしろ期待を大きく上回るものだったものだから、嬉しさでニヤケ顔が直らない。

◆Thousand Sound TS842画像

▲Thousand SoundのTS842。フェイスプレート中央部のベント孔の存在が特徴的。またフェイスプレートには千音というメタルプレートのブランドロゴが付いている。我々には馴染みのある漢字だが、欧米人にはクールなデザインに映ることだろう。

今もなお、ダイナミックドライバーとバランスド・アーマチュアを同載したハイブリッド設計のカスタムIEMは、世界を見回してもUnique Melody MerlinとROOTH LS-X5くらいしか知られていないが、実は世界で初めてのハイブリッド・カスタムとして登場したのは、このThousand Sound TS842である。

ダイナミックドライバー1発にBAドライバーを4発も搭載しているMerlinやLS-X5と比較すると、TS842はダイナミックドライバーとBAドライバーを各1つずつという、ガクンと見劣りするスペックではあるけれど、かつてよりお伝えしている通り、「ドライバーの数」≠「サウンドの良し悪し/好み」である。むしろこのTS842は、低域用に自社開発のオリジナル・ダイナミックドライバーを、中域~高域用にエティモティック・リサーチの名機ER-4に搭載されているKnowles 29689をそのままビシッと搭載している。要するにこの2ドライバー構成は、ゼンハイザーIE8に高域用BAを足したような、あるいはエティモティック・リサーチER-4に低域用ダイナミックドライバーを追加したようなスペックと言えるもの。いやー、IE8+ER-4のカスタムIEMなんて、理想に決まっているじゃん。

さて、そのサウンドだが、これが非常にゴキゲンなわけで、出来すぎのような表現だけど、まさにIE8+ER-4の音を脳内でイメージした時のサウンドがそのまま出ている感覚だ。ニヤケ顔が直らないのも、仕方ないでしょ。

もう少しシビアに聴き込み、Unique Melody Merlinと比較してみると、TS842のサウンドはMerlinよりもタイトで引き締まっている。低域はMerlinよりも若干強いくらいだが、緩さが皆無なので、ぶっとい低域を叩き出す大型ドライバーのKnowles CI22955を搭載した低域の強いモデルにニュアンスが似ているところがある。Merlinの方がいい意味で深い鳴りを持っており、悪い意味で緩くヌケが悪い。TS842も低域はもちろんまぎれも無きダイナミックドライバーのもつ深さと重さと音圧を携えているが、硬質でどっしりした響きが非常に心地よい。言わば、Merlinは26インチ、TS842は22インチのベードラサウンドといったイメージだろうか。

▲左がTS842、右がMerlin。そのサウンドの差は、2ドライバーと5ドライバーの音の質感の違いがそのまま反映されているイメージ。

▲こちらは全て手持ちの2ドライバーのモデル。左からThousand Sound TS842、LEAR LCM-2B、Ultimate Ears UE 5 Pro、カナルワークスCW-L10。いずれもタイトでしまりのあるキレの良いサウンドが共通のトーン。最も強い低域を叩き出すのは、TS842とLEAR LCM-2B。

▲左がThousand Sound TS842、右がUltimate Ears UE 5 Pro。どちらも2ドライバー。レシーバーの種類こそ違えど、中~高域用のドライバーをノズル近くに置き、シェル下部に低域用ドライバーを設置するという、その構造/位置関係がほとんど同じである点が興味深い。

▲黄色いカバーに覆われているのが低域を担う8mmダイナミック・ドライバー。小径で小型ながらも、その重低音は特筆すべきもの。しかも超タイトでくっきりはっきりしたトーンが心地よい。

▲ダイナミックドライバーの振動板トップ面は透明なチューブに覆われ、漏れなく音導管へ導かれている。

▲ダイナミックドライバーを反対からみたところ。

▲付属は小さなキャリングケースとクリーニングツール。中国からはるばるやってきたこの丸いキャリングケースはMade In Japanだった。

その傾向は高域も同様で、TS842の音になれると、Merlinは膜が一枚かかったような音像のあいまいさが目立ってしまう。もちろんその緩さも、聴き疲れなくノリの良さを長時間キープさせてくれる絶妙なポジティブトーンなので、否定材料ではないのだけれど。視点を変えると、TS842はタイトでパンチ力があり、ソリッドで瞬発力のある筋肉質なサウンドで若々しく強い押しがある。一方のMerlinは落ち着きと深みがあり、ベルベットのような質感とゴージャス感を持つ。音量を上げても飽和することなく、全帯域が活き活きと鳴りだして、文字通りダイナミックなオーディオの楽しさを全面に押し出してくれる懐の深さはMerlinの魅力だ。

そしてこの両者の違いこそ、5ドライバーと2ドライバーというレシーバーの数の違いから生まれる特性/個性がそのままあぶり出されているものだと思う。

多ドライバーのカスタムIEMは往々にして全帯域に音が介在し、おしくらまんじゅうをしているようなみっちみちなサウンドとなる傾向にある。絶妙なバランスを見せる名機は瑞々しいクリアさが全帯域に広がり、どでかいサウンドキャンパスにフルカラーのサウンドがディテール細かく描かれる感覚になるが、残念ながらバランスが崩れると清潔感を失ったような濁りが生じてしまい、帯域は広いものの抜けてこないトーンに変貌する。

一方で2ドライバーのカスタムIEMは、各ドライバーのカバー領域が明確になるためか、お互いに邪魔することなくすっきりと綺麗に全帯域をクリアに書き出してくれる傾向にあり、結果、非常にタイトで無駄のないすっきりとして引き締まったサウンドを出すモデルが多い。スピード感も出やすく、いわゆる3ピース構成のロック・サウンドなどには、必要にして十分に心地よい再生環境を提示してくれる。このキレの良いサウンドこそ、多ドライバーモデルにはマネのできない最大の魅力だと思う。

TS842がMerlinに比べ全体的にシャープなのは、2ドライバー構成のカスタム特有の特性であることは間違いないだろう。ハイブリッド・モデルの妖艶さを携え、捻じ込むような重たさも持ちながら、LEAR LCM-2BやUltimate Ears UE 5 Pro、カナルワークスCW-L10のような男性的なパンチ力を持ち得ているのは、このドライバー構成の妙だと思う。

TS842には、Merlin同様フェイスプレートにベント孔が開けられている。数mmのチューブが差し込まれ、そこには音響ダンパーがセットされている。音量を上げ確かめてみたが、音漏れは全く気にならない。遮音性への弊害もほとんどなく、Merlinよりもベント孔の影響は少ないと考えてよさそうだ。音響ダンパーがローパスで耳で感じる帯域を大きくカットしてくれているのかもしれない。

遮音性の高さと関連しているのかどうかは分からないが、TS842の場合、耳へはめるときにダイナミック・ドライバーのダイヤフラムがペコペコと音を立てることがある。一般のイヤホンでも見かける現象だが、耳の奥へ押し込むことで外耳道内気圧が高まり、シェル内のダイナミックドライバーの振動板を押し動かす音である。これはダイナミックドライバーと音響チューブが完全な密閉状態でつながっている証拠でもあり、シェル内にも一切の音の漏れを許していないようだ。

TS842のシェルの作りも非常にきれいで、造作はUE系といえるもの。付け心地やフィット感も申し分なく、ROOTHやUnique Melodyとの差異は感じない。ソケット部はデフォルトで埋め込み式となっている。

なお、Thousand Soundに関してはいわゆるオフィシャルサイトは存在しない。購入の際は下記販売サイト(中国語)で詳細を確認の上、メールにて購入希望を伝え、詳細をやり取りすることになる。TS842は3350元なので、執筆時レート(1元=12.24円)で計算すると大よそ41,000円だ。私の感覚で言えば、この音でこの価格はあり得ないほどの激安だが、ケーブルは付属していないのでご注意を。私の場合は、送料35ドルを加算しドル建てでペイパル支払いを行ない、インプレッション(耳型)の送付にはEMSを利用した。実質2週間程度で到着するスピーディーさも嬉しかった。

英語か中国語でのやり取りとなり、日本語は一切使えないので敷居の高い買い物だとは思うものの、それを乗り越えてもなお手に入れる価値のある、完成度の高く希少なカスタムIEMだと思う。

text by BARKS編集長 烏丸

●Thousand Sound TS842
・低域:自社開発のオリジナル8mmダイナミックドライバー
・中域~高域:Knowles 29689
・価格:3350元+送料(30~35$)
・インピーダンス:55Ω
・感度:102DB/1mw
・周波数帯域:20Hz - 18kHz
連絡先メール:gdxugh@live.cn
◆Thousand Sound販売サイト(中国)

BARKS編集長 烏丸レビュー
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