【BARKS編集部レビュー】Westone ES5は、カスタムIEM界のF1マシン
現在では様々なブランドが誕生し、世界中でカスタムIEMが開発・製造されている。究極のカナル型ヘッドホンとして熾烈な価格競争もありながら、各社それぞれにサウンド特性の向上にしのぎを削っているが、そんな中で、他のどのブランドも追従してこない孤高のポジションに位置するのが、老舗WestoneのESシリーズだと思う。
◆Westone ES5画像
多くのブランドのシェルデザインがUltimate Earsの造型から派生していると思われるのに対し、Westone ESシリーズは独自路線による設計が貫かれ、その極めて高い完成度は他ブランドとは全く違った一段上の完璧な使い心地を提供してくれる。
カスタムIEMの魅力のひとつに遮音性があるが、残念ながら成型精度が甘かったりするとフィット感が乏しく遮音性に影響が出る。その際の遮音性は汎用カナル型ヘッドホンの高遮音モデルと同等レベルだ。つまりはエティモティック・リサーチER-4やSHURE SEシリーズと同じくらいの遮音性能であろうか。イヤーピースが存在しない硬質なシェルゆえに、きわめて高い造型技術をもってしないと、理想的なフィット感と本来の遮音性は得られないものだ。
ここにあるのはWestoneのフラッグシップ・モデルES5。シェル部分は非常に薄くコンパクトに作られ、耳のくぼみにすっぽりと収まり非常に軽量だが、そこから飛び出したノズル部分は他ブランドよりも飛びぬけて長い。外耳道の第2カーブまで至るほどの長さを持つのだが、痛みなくこれを実現するために、ノズル部分は硬質アクリルではなく柔らかいシリコンで作られている。ノズル部分をソフトシリコンで作るのはUE Reference Monitorsや1964 EARSでも一部オプションで可能だが、最初からアクリルとシリコンのハイブリッド設計となっているのは、現時点で有名どころでは私の知る限りWestone ESシリーズのみではないだろうか。ノズル部分のシリコンが半透明クリアのため、このような2トーンカラーの仕上がりになるのも特徴的だ。
この設計による効能はでかい。ES5が耳にはまったときの遮音性は随一で、恐ろしいほどの静寂さが訪れる。カスタムIEMを所有している人であれば、耳に強く押し当てると究極の遮音状態になることをご存知と思うが、まさしくその状態が手放しでキープされる。駅のホームにいても音では電車の到着に気付かない。これは誇張でも比喩でもなく、風と靴底から響く振動で気付くほど、外部の音は完璧なまでにシャットアウトされてしまう。
耳にセットされた時のフィット感は、すぐに身体の一部に溶け込むような一体感に変わっていく。ES5は、鼓膜近くまで挿入されたノズルによって、なんと外耳道閉鎖効果すら起こさない。外耳道閉鎖効果とは耳をふさいだときに起こる自分の声がモコモコ響く共鳴現象のこと。指で耳をふさぐと自分の声がもわっと響くが、そこから指をぐっと深く突っ込むと、あら不思議、もわっとが消え去ることに気付くだろう。鼓膜までの外耳道の容積が小さくなったことによる共鳴の変化だが、ES5はボーカリストが歌いにくいというこの問題をも最初からクリアしているのだ。実際自分の声も外部からは全く届かず、骨伝導で響いてきたわずかな量しか聴こえない。このあたりの感覚は、Westone ESシリーズでしか得られない特別な世界だ。
ES5の装着感はシビアで、カリカリにチューニングされたプロ向けイクイップメンツという研ぎ澄まされたストイックさがある。全く遊びのないF1マシンのハンドルのようで、極限の精度により作り上げられたものだけが持つ妥協なき遮音性と、漏らすことなく音を耳に届けようとする鬼気迫るこだわりを感じさせてくれる。
それだけに、きっちりとベストポジションにはめるには、それなりにコツをつかむ必要もあり、はめるも外すも、ワンタッチというわけにはいかない。靴紐を締め上げるブーツのような使用感とでもいえるだろうか。ささっと耳にして出かけるにはそれこそWestone4がいい相棒になってくれるけれど、CDを買ってきたとき、がっちり聞き込みたいとき、音楽そのものを存分に楽しみたいときは、ES5は期待通りのパフォーマンスを見せてくれる。
ノズル先端が鼓膜に近いというアドバンテージは確実にサウンドにも好影響を及ぼしているようで、高域の伸びと艶やかさはピカイチだ。だからといって歯擦音が耳に刺さるようなことは全く無いのはWestone4と同様のもの。Westone4からさらに左右上下前後に音空間をがっつりと広げ、冷静なWestone4を熱血漢にしたようなサウンドを聞かせてくれるのがES5だ。小さな音量では綺麗なバランスをきかせるが、ちょっとボリュームをあげるととたんに熱量を持ったエネルギッシュな音を響かせ始める。
トーンの傾向はWestone4の延長と感じるが、Westone4がソースに対してシビアに再生してくれる生真面目さが魅力なのに対し、逆にES5は、どんな音源でも楽しく聞かせてくれる包容力がある。特性は極めてフラットだが、ビットレートの低い圧縮音源でもそれなりに聴かしてくれる不思議さがあるのは、むしろWestone3から受け継がれたDNAかもしれない。
▲クリアがUE 18 ProでブルーシェルがWestone ES5。いずれも老舗にして造形の違いが明確。 |
▲左からFitEar、Rooth、UE、Westone。概ね左の3つは同系統の造型である。もちろんこれらは同じ耳に対して作られたもの。 |
派手な仕様や飛び道具のような話題もなく、Westoneはなぜにこれほどまでに実直なサウンドを生み出してくるのかと不思議に思ったが、彼らは聴覚保護やヒアリングヘルスケアに長年携わりながらも、スタッフには楽器プレイヤーも多く、どうやら理想のサウンドを熟知している連中ばかりで構成されているようだ。ベテラン従業員も多く蓄積されたノウハウも広く深い。楽器単体の響きの美しさから音が重なったときのアンサンブルが生み出す音の連なり、そして各周波数帯域のおいしさや役割なども肌感覚で熟知している、そんなアーティスト体質の会社であれば、この完成度とこのサウンドが生まれるのも納得というもの。Westoneのカスタムイヤホン製作の創業は1959年にさかのぼり、Ultimate Earsの創業者Jerry Harveyと一緒に開発をしたり、Shure E1、E5のデザイン/製造を手がけるといった、興味深い歴史をも刻んでいる。
オーダーして約2週間で手元に届くすばやさも魅力のひとつだ。オーナーの名前とシリアルが書かれたタグが付いた立派なケースとともに、キャリングケース、クリーニングクロス、内耳塗布用潤滑オイル、ワックスループが付属する。なおWestoneのケーブルは、数ある中でベストに位置する品質。非常にしなやかで見た目も美しく、もちろんタッチノイズもない満足度の高いものだ。
オーダーは、フジヤエービック、あるいはeイヤホンからの受付となる。詳細は各ショップのサイトにてご確認を。カリカリチューンのカスタムIEMは、またひとつ知らなかった厳格な音楽再生環境を提供してくれるはずだ。Westone4に惚れている人であれば、ES5こそがファイナルウェポンです。
Westone ES5
税込標準価格 ¥138,000(耳型採取代金含まず)
3ウェイ5バランスドアーマチュアドライバー(低域×1、中域×2、高域×2)
再生周波数:8Hz - 20kHz
インピーダンス:20 ohm
入力感度:120 dB/mW
プラグ:3.5mmステレオ
ケーブル:50"(128cm)、64"(163cm)
ケーブルカラー:クリア、ブラック、ベージュ、ブラウン
◆フジヤエービック・サイト
◆eイヤホン・サイト
◆Westone ES5オフィシャルサイト(海外)
◆BARKS ヘッドホンチャンネル
◆実はすぐそこまで来ていた、カスタムIEMの世界
BARKS編集長 烏丸レビュー
◆SHURE SRH940(2011-07-17)
◆Ultimate Ears 18 Pro(2011-07-15)
◆クリエイティブAurvana In-Ear3(2011-07-06)
◆カナルワークス CW-L01(2011-07-01)
◆GRADO GR10&GR8(2011-06-25)
◆SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
◆フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
◆ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)
◆フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
◆アトミック フロイド(2011-05-26)
◆モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
◆SHURE SE215(2011-05-13)
◆ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
◆ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
◆ローランドRH-PM5(2011-04-23)
◆フィリップスSHE9900(2011-04-15)
◆JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◆フォステクスHP-P1(2011-03-29)
◆Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
◆ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
◆Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
◆Westone4(2011-02-24)
◆Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
◆KOTORI 101(2011-02-04)
◆ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
◆ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
◆SHURE SE535(2011-01-13)
◆ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
この記事の関連情報
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話037「生成AIが生み出す音楽は、人間が作る音楽を超えるのか?」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話036「推し活してますか?」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話035「LuckyFes'25」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話034「動体聴力」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話033「ライブの真空パック」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話032「フェイクもファクトもありゃしない」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話031「音楽は、動植物のみならず微生物にも必要なのです」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話030「音楽リスニングに大事なのは、お作法だと思うのです」
【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話029「洋楽に邦題を付ける文化」