【BARKS編集部レビュー】「マイルス・デイビス・トリビュート」はロックンロールな楽器の如し

ポスト

このイヤホンの名は「マイルス・デイビス・トリビュート」。その名のとおり、マイルス・デイビスをリスペクトしたスペシャルエディションで、モンスター社のフラッグシップに位置するモデルとして、高い評価を得ている一品だ。オープン価格だが、現時点において約45000円という平均市場価格で平民の腰を一撃で砕く。だがしかし、2011年はマイルス没後20年というアニバーサリーイヤーだけに、今レビューせずにいつするの、との思いで現物を入手した。

◆マイルス・デイビス・トリビュート画像

その天上の価格と金色に輝く筐体、そして何よりマイルスの名を冠するだけに、「やっぱりこれはジャズ向けなのか?」という印象が当然のようにあるだろう。確かにオフィシャルサイトでは「ジャズ特有のトーンを正確に表現するフルレンジ・サウンド…」といった表現もある。でも誰も「ジャズ専用」とうたったわけでもなく、そもそも再生機に対し「ジャズ専用」という物言いは荒唐無稽なものだ。

それにしても、俺はJAZZは苦手だから…という理由で興味対象から外してしまうなんてことは十分にありそうだ。「僕はJ-POPが好きですから」という理由で、このモデルを無視してしまうのであれば、それはとんでもなくもったいないこと。「マイルス・デイビス・トリビュート」を10日間ほどがっちり聞き込んで、最終的に確信となった結論は、こいつはやばい「ロックンロールなイヤホン」という事実だった。

最初に聞いたときの「んー、いい感じだね」という第一印象の時点では、この凄さに気付くことはできなかった。一聴して分かるような特筆すべきキャラがないので、○○○が凄い!みたいなツカミがないのである。ただ、きわめてデリケートにチューニングされたハイからローまで伸びやかに広がる特性や、隙のない心地よいバランスのよさは、重箱の隅をつつくように聞き込んでも全く破綻することがない。なんと言うか、設計はデリケートなのだが、作り上げたものはどでかい排気量のエンジンをどっかんどっかん回しながら豪快に駆け抜けるようなトルクフルなもので、クリアながら粘りあるサウンドは、ご機嫌すぎるロックンロールなものなのである。

エロくてなまめかしく色彩豊かに再生されるその音像は、いつも暖かい温度感に満ちており、品質の良し悪しを語る次元は軽~く飛び越え、このサウンドは好みかどうかを問われているようだった。車で言えば、ベンツもBMWもジャガーもレクサスも最高、最後はお好みで…と同じか。「んー、いい感じだね」などと生意気言ってごめんなさい。

おそらく、SHURE SE535やWestone4などいわゆるバランスド・アーマチュア型の高級機のような分離の良さは持ち合わせていない。解像度も特筆するほどの高さではないだろう。でも、音楽の表現力に起因する瑞々しさは、何にも増して群を抜いた魅力を放っている。多くのBA型高級モデルが、命じられた周波数の音を過不足なく鳴らすという生真面目な性格なのに対し、マイルス・デイビス・トリビュートは、ロックンロールな解釈で自己表現をする感じだ。「400Hzを中心にした厚みのあるボーカルですね。ならば800Hzの倍音もちょい出してアタック感も出しておきましょう」「実際はあまり聞こえないかもしれないけど、重みのために50Hzの音はきっちり出しますよ」「6KHz~8KHzは煌びやかで新鮮さの演出には必須ですけど、出過ぎると作為的でチープな音になるので、これ以上はNGです」と、まるで名プロデューサーのように。

いわば、全帯域の持つ意味と効果を掌握した上で「どんな音楽でもどんなサウンドでも鮮やかに色気を持って芸術的に再生しましょう」とする、稀有で優れたイヤホンだ。「それがダイナミック型の魅力でしょ?」と言われればそれまでだが、おそらくライバルはゼンハイザーIE8であり、ソニーMDR-EX1000であり、ビクターHA-FX700であると思う。中でも全帯域をぐわっと塊にして身体にぶつけてくれる気持ちよさと楽しさは群を抜いて魅力的。サウンドを描き出す正確さという意味ではMDR-EX1000が脅威のトレース能力を発揮するが、同じダイナミックでありながら「マイルス・デイビス・トリビュート」とMDR-EX1000はその性格が両極にあり、そこは非常に興味深い。

変な表現だが、「ヘッドホン好きやガジェット好き」ならばMDR-EX1000が楽しいだろう。できれば分解もしちゃたりして。一方で「音楽好き」というだけのひたすらリスナー志向が強い貴殿であれば、迷いなくマイルス・デイビス・トリビュートをお薦めしたい。ボリュームを上げたときの艶やかで豪快な鳴りっぷりは、音楽好きのツボを直球で突いてくる。感動的なサウンドを耳にしたとき、「凄いなこのヘッドホン」と感想を持たせるのがMDR-EX1000で、「凄いなこのアーティスト」と感激させてくれるのが「マイルス・デイビス・トリビュート」だ。

もちろん、装着感も良好で遮音性も高い。ケーブルのタッチノイズも抑制されており、耳掛けすればさらにスレは減少する。小さな音量でもその魅力を存分に発揮してくれるだろう。他にもケーブルが脱着できない、付属のスーパーチップスが素晴らしい、付属品がめちゃくちゃ豪華など、詳細情報はたくさんあるが、これらはあくまで些細な付帯情報に過ぎない。重要なのは、アーティストの名を冠しているだけあって、何よりサウンド自体がアーティスティックで、心地よいトーンを生み出すイクイップメントであることだ。イクイップメント…そう、まるで楽器のように。

音をつかさどる機材を突き詰めた世界は、いい音を出すために全てのエネルギーが注がれる楽器製作のスピリットと限りなく重なり合ってくる。イヤホンに何を求めるのか。いいサウンドとは何か。オーディオ機器と楽器の境界線も、にじんだ世界だ。

入力された音信号を、生き生きとしたサウンドとしてレスポンスよく発していく「マイルス・デイビス・トリビュート」の仕事ぶりは、楽器の立ち振る舞いとなんら変わらない。このなまめかしさの秘密は、その設計思想にあるのではないか。一歩先のステージに踏み込み、楽器のように音を鳴らす「マイルス・デイビス・トリビュート」は、いろんなカナル型ヘッドホンがある中で、やはり圧倒的にエポックな存在なのだ。

text by BARKS編集長 烏丸

MILES DAVIS TRIBUTE
オープンプライス
・形式:ダイナミック密閉型
・コード長:1.2m
・プラグ:金メッキ3.5mmステレオミニ
・質量:22g
・付属品:2枚組CD「MILES DAVIS/Kind of Blue(LAGACY EDITION)」、スーパーフォームチップス、スーパージェルチップス、ソフト・イヤーチップ(3サイズ)、3フランジ・イヤーチップ(2サイズ)、フォーム・イヤーチップ、特製仕様ケース、キャリングポーチ(2種類)、シャツクリップ、抗菌クリーニング
◆MILES DAVIS TRIBUTEオフィシャルサイト
◆BARKS ヘッドホンチャンネル

BARKS編集長 烏丸レビュー
◆SHURE SE215(2011-05-13)
◆ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
◆ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
◆ローランドRH-PM5(2011-04-23)
◆フィリップスSHE9900(2011-04-15)
◆JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◆フォステクスHP-P1(2011-03-29)
◆Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
◆ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
◆Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
◆Westone4(2011-02-24)
◆Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
◆KOTORI 101(2011-02-04)
◆ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
◆ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
◆SHURE SE535(2011-01-13)
◆ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
この記事をポスト

この記事の関連情報